● 「新米弁護士のひとりごと」(1)
岡山弁護士会弁護士 宮本 敦
元日本裁判官ネットワークメンバー、現サポーター
 私は故あって、裁判官の定年である65歳まで約5年を残して裁判官を辞め、弁護士になった。現在弁護士3年目であるので、まだ新米弁護士ということになる。弁護士業も思ったよりも大変で、軌道に乗るまでには5年くらいはかかりそうである。 裁判官として約25年足らずの経験があるので、弁護士業も何が何やら判らないということはないのだが、手慣れた仕事として、手際よくこなせるようになるにはある程度の期間が必要である。私は裁判官として、民事、刑事、家事、少年の全分野を、それぞれ相当の期間担当してきたので、裁判官として格別得意とする分野はないのだが、どの分野の仕事もそこそここなすことができるので、弁護士になるには案外好都合であったともいえそうである。

2  弁護士になった当初は、ある弁護士の好意で、事務所経費の一部を、しかも低額負担で事務所に置いていただき、本当に感謝している。今年2月に、病気の先輩弁護士を応援するために事務所を移転したが、残念ながら、その弁護士が亡くなられたために、今年9月からその事務所を引き継がせていただき、自分の事務所を構えることになった次第である。

3  弁護士になって、まず戸惑ったのは弁護士報酬の決め方である。一応の基準はあるのだが、その基準で決めると常識的な感覚では随分高い金額になる。基準の金額ということなので、そのまま請求するのでよいのだが、ついそのままの請求を躊躇することが多い。岡山弁護士会は弁護士マップを発行しており、その中で、「気楽に相談できるホームドクターのような弁護士でありたい。」と書いた手前、高額の請求は躊躇する。とりあえずは、やや低めの金額で決めているが、そのうちに自分なりに納得し、かつ、安くしすぎたかと後悔しないような、自分用の安定した基準ができてくるだろうと思っている。うっかりすると、報酬を取りはぐれることもあるので、依頼者を気の毒に思っても、ビジネスとしてしっかりした取り決めと、キッチリした支払の請求が必要であるということになる。

4  裁判官と弁護士の仕事はやはり大きな違いがあると実感している。裁判官は、弁護士や検察官によって整理された状態で、事件に接することになるので、事件の争点や解決の方向も概ね提示されている。しかし弁護士は、混乱した状態の生まの事実に接することになるが、依頼者は証拠からみると到底無理と思われる解決を求める事が多い。そこで弁護士としては、事件をどのような方向で解決することを目指すかについての方針で迷うことが多い。そして解決の方向について、証拠を踏まえて適切な判断をし、あるべき解決の方向を提示できるかどうかによって、実はその弁護士の実力の程度を試されることになる。これは結構難しいことであり、弁護士の社会的使命として、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現する。」という、甚だ崇高な理想からすると、時には依頼者を強く説得することも必要になる。

5  裁判官は、当事者の感情に直接触れることが全くないわけではないが、極めて少ないと言ってよい。弁護士は、日々依頼者の怒りや悲しみや喜びの感情を、直接ぶつけられる立場にある。事件が期待したとおりに展開し、うまく解決すると、依頼者と一緒に喜ぶことになり、ときに一緒に嬉し泣きすることもある。また逆に怒ったり、悲しんだりすることにもなるのだが、これは、弁護士にとってとても大きな生き甲斐ということになるだろう。私の性格からすると、裁判官よりも弁護士の方が合っているのかなという気もする。

6  裁判官として喜びや、仕事のやり甲斐を感じるのは、判決や審判などで、苦労して自分なりに一応満足できるものが書けたときだろう。担当する事件で、和解や調停が成立したときも嬉しい。判決書きの作業の途中で、突如その作業が行き詰まり、どうしても書けなくなることがある。そして解けない知恵の輪を解くように、ギリギリの思考の結果、論点をクリアーできたときの喜びは、裁判官のみが知るものであろう。困難な論点を抱えたときには、案外散歩しているときに、いいアイディアが浮かぶものである。私が書いた難事件の判決の多くは、実は犬の散歩中に思いついた解決策によるものであることが多かった。いいアイディアが浮かぶと、散歩中に、携帯しているメモ用紙にメモするのである。メモしないでおくと、帰宅したときに忘れてしまっている恐れがある。

7  判決などに限らず、何か文章を書く必要に迫られたり、解決を要する問題点を抱えたときには、散歩中によいアイディアが浮かぶことが多い。私は、散歩に限らず、いつでもどこでもメモ用紙を携えることにしている。確か松下幸之助氏だったと思うが、夜布団の中でよいアイディアが浮かぶことが多く、朝起きたときには忘れているので、枕元にメモ用紙を用意しておいて、アイディアが浮かんだらすぐにメモすることにしたことが、成功に繋がったということを読んだ記憶がある。このように、いつでもメモできる体勢を準備しておく必要性があることは、裁判官も弁護士も同じであろう。
(平成17年12月1日)