● 利点も多い簡易送致制度(「君たちのために」第2回)
井垣康弘(サポーター,元裁判官,現弁護士)
 少年犯罪事件の家裁への送り方には、関係書類全部を送る「通常送致」と異なり、A4の「簡易送致書」1枚だけを送る「超省エネ方式」がある。その件数も,一般保護事件の3分の1強であるから,相当な率である。窃盗なら被害額5000円未満というように軽微な事案に限られている。

 ある万引事件を例にとって、「簡易送致書」に書かれている項目を,全部表わしてみよう。
○罪名 窃盗
○被疑者 氏名、生年月日(18歳)、性別(男)、学業(大学1年生)、住居、本籍
○保護者 氏名、年齢(45歳)、少年との続柄(父親)、職業(警察官)、住居(少年と同じ)
○犯罪事実 被疑者は,年月日・時間、場所(○○書店)において,本3冊(時価合計4500円相当)を窃取した。
○発覚の端緒 被害者の届出
○犯罪の動機 ベストセラーの本3冊が読みたくて、出来心で偶発的に盗んだ。
○事後の状況 自己の軽率な行為を深く反省しており,保護者も監護能力があり,再犯のおそれはない。
○署員の採った処理 少年に訓戒を与え,招致した保護者に対し,今後十分監護するよう指導して連れて帰らせた。3冊の本は被害者に還付した。


「簡易送致書」はこれ1枚きりである。その内容を信用してよければ、「動機も単純で(換金目的でない)偶発的・一過性の非行であり(書店から万引常習者との訴えがなかったようだ)、少年が深く反省していて、警察官の父親がすっ飛んできて今後の監督を誓約したというのであるから、「そりゃー再犯のおそれはないだろう」との印象を受ける。だから家裁裁判官は、簡易送致事案では、迷わず審判不開始(事案軽微)の決定をし、少年に対する通知も省略する。少年の例として大学1年生を、その父親として「警察官」をあげたのは、別に他意はない。簡易送致事件の場合、少年も父親も、社会的立場が高いケースが圧倒的に多いからだ。弁護士の父親だって混じっている。

 警察は,交番にでも親を呼び,少年を連れ帰らせているが,その後の流れを推測する。
多分警察官が被害品の本3冊を持って、親子と一緒に書店を訪れる。父親は店長に渡す手土産のお菓子か何かを途中で買って持参する。書店の事務室で、警察官は店長に本を還付し、父親がその本3冊を買い取る。父子が、店長に深々と頭を下げ、2度と迷惑を掛けないと約束するのは当然である。店長からは、「分かりました。今後はよい客として店にきてください。もう2度と親に恥をかかさないよう、親を泣かさないよう、頑張ってください」というような「暖かい激励の言葉」をいただく。

(「産経新聞」07年9月26日大阪版夕刊「君たちのために」より)
(平成19年12月1日)