● ローマ時代の責任能力
山田眞也(サポーター,元裁判官,現弁護士,千葉県) 
 塩野七生のローマ人の物語を読んで、やっと五賢帝の最後にマルクス・アウレリウスが登場する巻にたどりつき、ローマ皇帝は最高裁長官でもあったことを知りました。

 マルクスは記録を精読して、母を殺した被告に是非善悪を弁える能力がなかったと判断し、「狂気とはそれだけで神々が下す罰の一つであるから、このような被告を罪に問うことはできない」と述べているそうです。

 前巻「賢帝の世紀」には、ハドリアヌスも彼を襲った暴漢の狂気を認め、処罰ではなく治療を命じたとあり、刑法三十九条の源は、それほどの昔に遡るのかと感心する一方、ローマの皇帝とは、まじめに務めたらこの上ない苦役だったに違いないと気の毒になりました。

 東洋文庫にある清朝地方裁判官の記録「鹿州公案」も、eブックとしてパソコンの画面で読み始め、著者が善政マニアといわれる世宗雍正帝に登用された人物であったことを知りました。

 宮崎市定著「雍正帝」で、皇帝という職業の辛さに耐えぬいたスーパーマンとして描かれた名君の眼鏡にかなった裁判官も、さぞかし傑物だったでしょう。

 パソコンで判例がどんどん紹介される当節、こんな読書に明け暮れていられるのが、閑な弁護士の幸せです。自慢にはなりませんが。

(平成18年12月)