● 司法10大ニュース(平成21年)

第1位 裁判員裁判始まる(5月。第1号事件は8月)

平成司法改革中,最大の改革内容が始まりました。懸念や反対もありましたが,まずは順調な滑り出しでしょうか。今のところ,対象事件は自白事件が多いようですが,判決では量刑の格差が従来より大きくなったことが印象的です。性犯罪事件では重い量刑となった判決が目立つ一方,親族間の介護や暴力に絡む事件では,量刑が求刑を大きく下回るケースも多かったようです。執行猶予判決では,保護観察付きのものが増加するなどの傾向もあります。それから,裁判員を務めた828人のうち,約77%の636人が判決後の記者会見に出席し,感想などを語るなど(読売),事前の予想を超える裁判員の積極的な動きを頼もしく思いました。(第1号事件については,当ブログ8/3,11,12各欄参照)

第2位 足利事件で再審開始決定(6月)

再審公判では,録音テープの再生や取調検事の証人尋問などが実施予定となっており(平成22年1月21,22日の第4,第5回公判期日),異例の審理になっています。また,再審開始決定前に刑の執行停止もありましたし,再審被告人には,県警本部長や検事正が謝罪するなど,こちらも異例の対応でした。(こうした事件についての裁判官・裁判所の対応について,当ネットHPオピニオン・10周年記念企画,鳥越俊太郎さんの講演「冤罪と裁判官」要旨及び同講演について(1),(2)参照)
 なお,今年は,布川事件でも,再審開始決定が確定しました(12月)。

第3位 3000人合格計画達成困難に(9月以降)

平成21年の新司法試験の合格は,2043人(目安が2500人〜2900人)でした。合格率は27パーセントです。旧司法試験は合格者92人(目安100人)。併せて2135人で,昨年度の2209人(新司法試験2065人,旧司法試験144人)よりも減っています。来年度の3000人合格は困難になっているとするのが一般的です。(当ネットHPオピニオン「Judgeの目その24  新司法試験合格者減の中で考える〜驚きと希望と」参照)

第4位 過払事件の急増,いわゆる過払バブル状況(年間を通して)。

過払による不当利得返還請求事件が急増しました。その結果,地裁,簡裁の事件が増えました。昨年に比べて3〜4割増です。関連しては,過払事件について,弁護士・司法書士と依頼者または税務当局とのトラブルも何度か報道されています 。裁判員裁判の実施で,刑事裁判にシフトしてきた裁判所ですが,これからは民事裁判にシフトすることになるのかどうか注目です。(当ブログ8/29欄「一審民事訴訟事件の新受激増」参照)。

第5位 参議院議員選挙上告審(大法廷)判決(9月)

最大4・86倍だった参院選挙区選の定数配分を合憲としましたが,「投票価値の平等という観点からは,なお大きな不平等が存する状態であり,選挙区間における選挙人の投票価値の較差の縮小を図ることが求められる状況にある」「現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要となることは否定できない。このような見直しを行うについては,参議院の在り方をも踏まえた高度に政治的な判断が必要であり,事柄の性質上課題も多く,その検討に相応の時間を要することは認めざるを得ないが,国民の意思を適正に反映する選挙制度が民主政治の基盤であり,投票価値の平等が憲法上の要請であることにかんがみると,国会において,速やかに,投票価値の平等の重要性を十分に踏まえて,適切な検討が行われることが望まれる」と指摘しました。10人が多数意見,5人が反対意見(違憲,ただし,全て事情判決の法理適用を肯定)。年末には,大阪高裁で,今年8月に行われた衆議院選挙について,一票の格差が2倍以上あったのは憲法に違反するが,選挙無効請求は棄却する旨の判決がありました。

第6位 被疑者国選弁護人制度の適用範囲が拡大(5月)

必要的弁護事件(長期3年を超える懲役・禁固の事件)にまで拡大され,大半の刑事事件が対象となりました。被疑者の利用は10数倍になったと言われ,弁護士の少ない地域の弁護士からは悲鳴を聞くこともあります。

第7位 芸能人の薬物事件で,捜査及び裁判報道が過熱(特に8月以降)

芸能人のほかに,学生や弁護士の薬物事件もあり,日本中で薬物汚染が進んでいることを感じさせられました。

第8位 裁判官ネットによる裁判員裁判実施記念企画(6月)と10周年記念企画(11月)

前者では,韓国の国民参与裁判制度について,李東熹韓国国立警察大学教授をお招きしての講演会とデスカッション,及びメンバー裁判官で退官した伊東武是元神戸家庭裁判所判事による「裁判員裁判に期待する」の講演会を開催しました。後者では,江田五月参議院議長(元裁判官)などからお祝いのメッセージをいただいたほか,鳥越俊太郎さんの講演や,ネットの10年を振り返り,かつ今後のために刑事,民事,司法行政にわたる第2次司法改革の提案をする企画など盛りだくさんでした。いずれの企画も大成功でした。ネット関連の行事は,いつもは,控えめに第10位としていますが,手前みそながら,今年はよくがんばったので,第8位にさせていただきました。あしからず。

第9位 労働審判制度の利用拡大(年間を通して)

不景気を反映してか,3年前の3倍の利用率と言われます。簡易迅速かつ適正な解決を図れる制度との評価が高く,労使双方に好評です。民事裁判の分野で,最も成功した改革との評価もあります。来年もさらに利用が増えるでしょうか。

第10位 和歌山毒カレー事件上告審判決(4月)

とにかく,話題と議論の多い事件でした。4月上告棄却。判決訂正の申立ても,5月18日付けで棄却決定がありました。


 番外にしましたが,触れておきたいものがあります。今後の動向に目が離せないものとして,(1) 債権法改正の動きの本格化と,(2) 検察審査会法改正(5月)です。(1)は,4月,民法学者や法務省の担当職員らが参加した民間の「民法(債権法)改正検討委員会」が改正試案を発表し,10月,法相が法制審議会へ諮問。11月には法制審議会民法部会が開催され,1年半程度の調査審議を経て中間的な論点整理を行うことが提案されています。(2)では,検察審査会の権限強化が行われ,1回目に続き,2回目も起訴相当の判断の場合は,起訴議決がなされ,裁判所が指定した指定弁護士が原則として公訴を提起することになりました。いずれも,平成22年以降に,その動向が10大ニュースに入ってくるものと思われます。その意味で,今年は番外にさせていただきました。
 残念なものとしては,昨年に続き,今年も裁判官の不祥事があったことです(2月,福岡高裁宮崎支部判事の準強制わいせつ事件。6月,懲役2年執行猶予5年の有罪判決。当該判事は,4月に任期終了退官。)。
 なお,これも番外ですが,今年の出版・ドラマ関係では,骨太の作品が多かったように思います。例えば,長沼事件,平賀書簡事件に係わった福島重雄さんの証言本「長沼事件  平賀書簡  35年目の証言」が出版され(当ブログ5/6欄参照),戦時中の翼賛選挙を無効にし,東條英機首相と争った吉田久裁判長の「気骨の判決」がドラマ化(同6/29欄)されたことなどです。ETV特集のドキュメンタリー「死刑囚・永山則夫ー獄中28年間の対話」(同10/21欄,12/16欄)もありました。その他には,話題漫画のドラマ化「サマヨイザクラ」(同6/9欄)など裁判員裁判を対象にしたものが数知れずありました。

 10大ニュースと番外を眺めていると,今年の最大の特徴は,平成司法改革の内容が,全て実施されることになったこと(第1位,第6位,番外(2))でしょう。これで,枠組みづくりとその実施は一段落ですが,昨年に続き,平成司法改革の揺り戻しの動きもありました(第3位)。平成22年以後,どうなるのか興味あるところです。
 今年は,判決や決定では,3つ挙げました(第2位,第5位,第10位)。昨年は,婚外子の国籍法規定は違憲との最高裁大法廷判決,青写真判決見直しの最高裁大法廷判決,相次ぐ原爆症認定集団訴訟の判決,福島県立大野病院事件について,医師に無罪の福島地裁判決の4つでしたので,1つ減ったのですが,足利事件の再審開始決定は,法曹界だけでなく,社会的に影響力がとても大きいものでした。再審の判決は,来年3月26日が予定されているようです。
 その他,民事刑事や労働審判の事件の中で,顕著な動き(第4位,第9位)や印象的な事件(第7位)があったのも今年の特徴かもしれませんね。