少年院に送致する言渡しには,腹に力を込め,気合いが必要だ。
少年審判での非行は,殺傷事案は意外と少なく,ひったくりなどの財産犯や暴走行為などが多い。鑑別所で約4週間を過ごした少年は,鑑別所技官や裁判所調査官の働きかけを受け,また,心配する保護者らの面会を通して,自らの非行をそれなりに反省する。内省というにはほど遠いにしても,少なくとも「あんなことしなければよかった」と後悔をする。審判の場では,その後悔,反省の気持ちを一生懸命述べる。うまく伝えられたら,少年院に行かなくてすむのではないか,と懸命である。自分の非行は少年院送致になっても当然だと受け止められる少年は少ない。何とか,少年院にだけは行きたくない。「絶対更生しますから,裁判官,信用してください。」と必死に訴えるのである。
しかし,犯した非行の大きさ,これまでの行状,内省の深まりの乏しさ,そうした事情を抱えた少年には,懸命な弁明にもかかわらず,少年院送致を言い渡さざるを得ない。もちろん,限界的な事案もあって,在宅での保護観察処分,あるいは,しばらく様子を見守る試験観察もあり得るかと,裁判官も,審判の最後まで迷うことはある。それでも,やはり少年院送致が必要と判断した場合には,決然と言い渡さなければならない。
言い渡しの際には,君にとってなぜ少年院での教育が必要なのか,できるだけ分かりやすく説明しようと努力する。が,少年の「納得」は難しい。特に「後悔」と「反省」との差がまだ理解できていない少年には,「反省しているのに,なぜ?」との不満の思いが大きい。そして,多くの少年は,その言渡しに,切ない悲嘆の涙を浮かべ,中には,泣き叫んで,同席する保護者に「なんとかして!」と訴える者もいる。
そうした修羅場を覚悟しての言渡しには,相当な気合いがいる。腹に力を入れておかなければ,到底できない。,
少年院送致は,1年程度の入院が通常である(半年程度の短期のものもあり,1年以上の長期の場合もある)。裁判官は,その入院期間中に,自分の言い渡した少年に面会に行き,励ましをすることがある。これを「動向視察」と呼んでいる。私も,1年以上入院の少年には,できるだけ動向視察をしてきた。
教育途中の少年に会うのは,楽しみである。言渡しの時,泣き叫び,あるいは,強い不満の表情をしていた少年も,数か月後に面会に行くと,すっかり,院の教育になじみ,前向きな気持ちで,自分を変えようと努力しているのである。その顔つきの明るさが何よりも嬉しい。自分がこんな風に変わったと一生懸命に話してくれる。その間,教官達は,日々寝食を共にする中で,少年1人1人と向き合い,対話を重ね,日記を書かせ,職業訓練や学習を通じて,少年の「未熟さ」を丁寧に教え,心の「ゆがみ」に働きかけてきた。その労苦に頭が下がる。多くの少年は「ここに来てよかった」と本心からそう語るのである。
面会に向かう前に,あの子は,前向きな気持ちで院の指導を受け入れているだろうかと,不安を覚えることもある。私の経験では,少数ではあるが,この不安が当たった場合がある。面会してみると,すでに入院して数か月が経っているのに,まだ,少年院での生活になじもうとせず,表面だけ指導に従順に従う態度をとりつつ,うまく振る舞って,仮退院のときまで「辛抱しよう」としている。その姿勢は,私との面会の際の表情,対話からもうかがえる。少年院の側では,もちろん分かっていて,内面の深まりのなさを的確に捉えて,心からの更生意欲を引き出そうと必死に努力している最中である。
また,中には,面会の際,少年から「裁判官に言いたいことがあります。審判の時,こんな発言をされましたが,あの言葉に傷つきました。謝ってください。」と言われたこともある。言葉が適切でなかったかもしれないと謝ったが,許してくれない。少年は,いまだここに入れられたことを納得せず,院の教育を受け入れる気持ちになっていないのである。私は,かなりショックであった。審判で,最後まで決断に迷った少年であっただけに,あの判断が間違っていたのか,と考え込まざるを得なかった。院では,少年に内省への働きかけを続けていると聞かされた。おそらく,院の努力は,いましばらく時間をかければ,少年に通じるだろうと信じたい。このままでは,この少年にとって,院での生活が無駄になってしまう。前向きにここでの生活に取り組んで欲しいと願わざるを得なかった。この少年に対しては,できれば,仮退院までにもう一度面会に来たいと考えた。
少年院での教育は,そのほとんどにおいて,成果を上げ,少年達は見違えるように成長し,強い更生意欲を持って社会に戻る。しかし,少年院という枠組みの中での,いわば無菌状態での成長では,さまざまな汚濁にまみれた社会に出た後に,取り巻く悪の誘惑に抗しきれない場合もある。統計によれば,男子少年の場合,少年院仮退院後5年以内にまた少年院や刑務所に入る者が,残念ながら,3割程度いるという。少年院の教育が足りないせいでは決してあるまい。7割の人達がなんとか更生の道を歩んでいる。少年院は,その方向付けをしたのである。再度犯罪や非行を誘いかけ,更生を妨げる社会的な要因にも目を向けなければならない。 |