● はじめに
 
 日本裁判官ネットワークは,平成19年6月23日,東京学士会館で,映画「『それでもボクはやってない』を巡って」と題する意見交換会を催しました。会場は,サポーター,ファンクラブ,市民,弁護士,会員裁判官等で一杯に埋まりました。周防正行監督も,取材のために駆け付けられ,意見交換に加わって戴き,多いに盛り上がりました。議論は,裁判員制度にも発展しました。
 以下は,この会での意見交換の内容を編集委員伊東武是の責任で要約して報告するものです。

映画のあらすじ(ウィキペディアから抜粋に加筆)
 フリーターの金子徹平(加瀬)は会社の面接に向かうために、朝の通勤ラッシュで混雑する電車に乗った。乗換駅で降りると、女子中学生から「いま痴漢したでしょ!」と突然の痴漢容疑を掛けられ、そのまま駅の事務室に連れて行かれる。駅の事務室では何も聞かれないまま警察官に引き渡され、署で取り調べを受けることになるが、「ぼくは何もやっていない」という訴えには全く耳を貸さない刑事に嫌気がさし、帰ろうとした瞬間、「お前は逮捕されているんだ!私人による現行犯逮捕だ」と手錠を掛けられ留置所に入れられてしまう。こうして,徹平の苦難の裁判が始まる。
(DVDは,8月10日発売とのことです。)

映画「それでもボクはやってない」名セリフ集
 映画と同名のシナリオ完全収録本(幻冬舎)によるシーン番号と頁数を付記したセリフ集を作ってみました。いずれも印象に残る名セリフではないでしょうか。(竹内浩史)

シーン2(11頁)スクリーンに浮かび上がる文字 『十人の真犯人を逃すとも 一人の無辜を罰するなかれ』

シーン19(29頁)浜田(当番弁護士)のセリフ 「はっきり言うけど、この種の軽微な事件でも、否認していれば留置場暮らしだ。裁判にでもなれば、被害者証言が終わるまで、へたをすれば3ヶ月くらい出てこられない。僕は半年勾留された人を知ってる。当時認めりゃ罰金5万円の事件だった。その上、裁判に勝てる保証は何もない。有罪率は99.9%。千件に一件しか無罪はない。示談ですむような痴漢事件で、正直、裁判を闘ってもいいことなんか何もない」

シーン49(56頁)荒川(主任弁護人)のセリフ 「いいかい、痴漢冤罪事件にはね、日本の刑事裁判の問題点がはっきりと表れているんだ」

シーン84(109〜110頁)荒川(主任弁護人)のセリフ 「裁判官はね、常時二百件以上の事件を受け持ってる。その殆どが罪を認めている事件で、明らかな有罪ばかりだ。それを考えれば、確かに悪い奴を裁く場所かもしれない。ただ、その中で被告人の声を真摯に聞くことは容易じゃない。加えて、短期間に多くの事件を裁かないと勤務評定にかかわる。まあ、忙しすぎるんだな。裁判官の能力は処理件数で計られるから、早く終わらせることばかり考える」

シーン86(114頁)大森(当初の担当裁判官)のセリフ 「証拠はないけど、本当は被告人が真犯人かもしれないなんて悩む必要はないんです。そんなことで裁判官が悩むと、証拠もないのに、勝手に検察官の言い分を補って、時には無罪の人を有罪にしかねません。検察官の証明を吟味して、有罪の確信が持てなかったら、無罪なんです。刑事裁判の最大の使命はなんだと思いますか」「最大の使命は、無実の人を罰してはならない、ということです」

シーン88(117頁)室山(交代後の担当裁判官)のセリフ 「ここは、私の法廷です」

シーン89(121頁)板谷(傍聴オタク)のセリフ 「とにかく、無罪判決を書くには、大変な勇気と能力がいるんです」

シーン93(140〜141頁)荒川(主任弁護人)のセリフ 「裁判官はね、被告人にだけは騙されまいと思ってる。恥だからね。頭の良さに自信のある人間ほど、目の前にいる人の言葉が、万が一嘘だったらどうしよう、それに乗せられたら恥だ、という心理が働くもんなんだ。」「裁判官に悪意があるとは思わない。毎日毎日嘘つきに会い、人の物を盗んではいけません、人を傷つけてはいけません、時には人気歌手の歌を引用して説教もする。その繰り返しだ。怖いのは、99.9%の有罪率が、裁判の結果ではなく、前提になってしまうことなんです」

シーン114(164頁)徹平(被告人)の独白 「この裁判で、本当に裁くことができる人間は、僕しかいない。少なくとも僕は、裁判官を裁くことができる。あなたは間違いを犯した。」

シーン116(165頁)最高裁判所の建物を背景に浮かび上がる文字 『どうか私を あなたたち自身が 裁いて欲しいと思うやり方で 裁いて下さい』