● Judgeの目その22 継続は力なり
 
〜続けていきたい弁護士職務経験制度

浅見宣義(神戸地方・家庭裁判所伊丹支部) 

深刻な問いかけ

 「司法改革をやって本当によかったのでしょうか」と深刻な顔で尋ねられることがある。法曹人口が増えた結果,弁護士からその質問を受ける機会は多いが,複数の法科大学院の教授らからも,最近尋ねられることがあった。それは,法科大学院卒業生の司法試験合格率の問題を中心にして,法科大学院そのものの数や定員などの点で揺れていることが背景にあるのだろうと思われた。

 その質問に対しては,私自身は,少しは迷いを感じつつも「基本的にはYESです。」と答えていた。司法改革への評価は,どのような切り口を考えるかで,論者によって大きく結論が異なるが,今回の司法改革によって,何十年もの間,司法の課題とされていたことがいくつも解決され,又は解決のための取り組みが始まる結果となったことを否定することはできないし,不十分とはいえ,日本社会の変化に対応する司法のシステム作りの基礎ができたことは確かなように思われる。個々の分野で,改革が行き詰まったり,改革の弊害が生じていることはあり得ようが,トータルで見れば,司法改革を積極評価すべきことは疑いようがないと私には思われる。


弁護士職務経験制度の特集

 司法改革の評価について語らいながら,上記教授らと懇談した際に,是非読んでほしい最近の文献として,日本弁護士連合会の「自由と正義 2008年12月号」の特集「裁判官・検察官の弁護士職務経験」を挙げておいた。裁判官・検察官の弁護士職務経験制度は,キャリア裁判官・検察官に法曹としての豊かな経験を積ませ,経験の多様化を図る制度であり,法曹一元の採用の当否における議論の中から生まれたものである。私も,当ネットのHP(http://www.j-j-n.com/)におけるオピニオン「judgeの目その3 旧裁判官,新裁判官?〜裁判官の経験の多様性」で紹介したことがあるが,現在までの成果についての報告が上記特集である。司法改革というと,法曹人口や裁判員裁判ばかりが取り上げられることが多く(そのことの重要性はもちろん否定しない。),法曹一元の採用の当否が,今回の司法改革の大きなテーマの一つであったことは,今では忘れられた感もあり,そのことはとても残念であるが,法曹一元の採用の当否を議論する中で,判事補制度の改革,弁護士任官の推進等,裁判官任命手続の見直し,裁判官人事制度の見直し(透明性・客観性の確保)などが実現したことは,決して忘れてはいけない。そして,上記のような特集で,実現した改革の成果を地道に検証していくことも重要なことのように思われる。

 ところで,上記特集では,東京弁護士会会員による「弁護士職務経験制度の現状と課題」という総まとめ的な論稿のほかに,弁護士経験をした又は現在している判事補の論稿が3つ,同じく検事の論稿が2つ,そして,判事補を受け入れた弁護士事務所の弁護士の論稿が2つ掲載されている。どれも大変興味深い論稿である。その中の一つを紹介しておくと,現在,愛知県弁護士会で弁護士経験をしている判事補の論稿に,業務上過失致死事案を担当した経験が掲載されている。弁護人として,犯罪被害者である遺族に謝罪する機会をもったところ,遺影を持参した遺族から弁護士の仕事に疑問を投げかけられたこと,検察官による実刑求刑の中で,被告人から,本当は執行猶予が欲しいであろうのに,仮に実刑でも控訴をしないと告げられて悩んだこと,判決は「禁固3年,執行猶予5年」で,遺族も希望していた実刑ではなかったにもかかわらず,遺族から連絡があり,予想に反して,感謝や許しの言葉をかけられて動転したことなどが記載されている。自分ではとても及第点の与えられる刑事弁護活動ではなかったが,改めて刑事司法の奥深さを教えられたということであるし,法廷外での様々な経験から,法廷で出会うものが全てではなく,関係者が裁判官に言えないことも抱えながら法廷にやってくることを実感したというのである。そして,「再び裁判官として社会と対峙するときには,自分自身の義憤すら突き放し,聴くことに徹する。それこそが,今の自分にとっては必要なのではないか,そう思い始めています。」とまとめている。

 もちろん,いささか大げさな部分もあるのだが,私は,上記論稿を読みながら,「とてもいい経験をしているのではないかと」と少し羨ましい思いを抱くことになった。そうした経験のない従来の裁判官(旧裁判官?)とは異なった想像力を働かせることができるし,経験則の理解も豊かなものになるのではなかろうかと感じさせられた。そうした後輩の中には,法廷に現れていない事情を汲み取ったり,証拠の片隅にあって見過ごすような事情に意味を見出せることがあるのではないかと思う。それが,釈明権の行使や補充尋問などを通じて,真実発見や紛争の解決に繋がることもあるのだと期待される。そして,合議もより豊かなものになるであろう。私は,そういう経験をした後輩の裁判官と是非合議を組んで裁判をしてみたいと心から思った次第である。今後が本当に楽しみである。そして,この制度を支えていただいている弁護士会には,一個人とはいえ,心からお礼を述べたいと思う。


弁護士職務経験制度の今後

 ただ,弁護士職務経験の制度で,弁護士登録をしたのは,平成17年4月(1期生)から平成20年4月(4期生)までで,判事補39人,検事18人である。まだまだ登録者を増やさなければならないであろう。そのためには,弁護士会の更なる協力が不可欠であるが,前記論稿の中で,裁判官を受け入れた弁護士事務所の弁護士の論稿に「三方三両得」と題して,裁判官の受け入れが弁護士事務所にもプラスが大きかったことを述べて,「弁護士職務経験制度」は「弁護士経験を積んだ裁判官・検事も,これを受け入れた弁護士事務所も,そして,かかる経験を積んだ裁判官・検事が帰任する先の裁判所・検察庁も,それぞれが大きな果実を手にすることができるという,良いことづくめの制度だということである。もちろん最終的にはユーザーたる市民に還元されることとなる」と結んでいるのが心強いところである。今後,東京,大阪,愛知,福岡(今のところ,弁護士登録は,この4つの地域に限られる。)以外の地域の弁護士事務所にも是非ご協力をお願いしたい。実益もあるのだから・・・。

 この弁護士職務経験制度の成果が目に見えて出てくるのは,経験者が増えて,日本中の裁判所と検察庁に,経験者が配置されることになった時であろう。その時まで地道にこの制度を伸ばしていきたいものである。「司法改革をやって本当によかったのでしょうか」という質問に,迷いを全く感じることなく「YESです。」と答えるためにも・・・・・。「継続は力なり」と改めて訴えたいところである。


(平成21年4月)