日本弁護士連合会の緊急提言
新聞報道などでも目にしますが,日本弁護士連合会が7月18日付けで,法曹人口問題に関する緊急提言をしました。その趣旨は,提言の冒頭にまとめられていますが,「本年度(2008年度)司法試験合格者の決定にあたっては,新しい法曹養成制度が未だ成熟途上にあることに鑑み,司法改革全体の統一的かつ調和のとれた実現を期すため,2010年頃に合格者3000人規模にするという数値目標にとらわれることなく,法曹の質に十分配慮した慎重かつ厳格な審議がなされるべきである」というものです。
上記趣旨をかみ砕いて言いますと,平成14年(2002年)3月19日,司法制度改革推進計画(閣議決定)で決められた合格者3000人規模の目標をペースダウンしようという趣旨のようです。この提言は,今年度の司法試験の最終合格発表が,9月11日(新司法試験),11月13日(旧司法試験)に予定されていることから,日時が迫っているとして,緊急に提言されたようです。なお,3000人規模の目標自体を下ろすべきであるという点までは,少なくとも明言されていません。
しかしながら,単位弁護士会では,既に2000人を超えている合格者数について,1000人程度,1500人程度に減らよう求める決議をしているところもあるようである(7月26日付朝日新聞朝刊)。
提言の影響はどうでしょうか。
上記提言を受けて,町村信孝官房長官は,記者会見で「司法改革に携わってきた立場をかなぐりすてて,急にそういうことを言い出すのは見識を疑う」との談話を発表したようです。また,上記談話の後,宮崎誠日本弁護士連合会会長が反論をしたとの報道がなされています。
この論争を見ても,上記提言の影響は極めて大なるものがあるというところでしょうか。
さて,私も,この「Judgeの目」で法曹人口問題を度々取り上げてきました。例えば,「その4 大量の司法修習生がやってくる!(平成17年1月)」,「その15 若手に高まる不安〜確認したい司法改革の理念と全体像(平成18年12月),「その20 ヒラリー氏対オバマ氏〜活躍する弁護士」(平成20年6月)などです。
また,日本裁判官ネットワークのブログでも,昨年の10大ニュースの第3位に,「新旧60期司法修習生,司法研修所卒業。不合格も多いだけでなく,就職できない「宅弁」も発生。これに関し,各地の弁護士会で法曹人口についての決議。」との動きを位置づけたほか(平成19年12月29日欄),法曹人口問題が焦点となった日弁連会長選挙結果の報道(平成20年2月10日欄)や,法務省の動き(平成20年1月26日欄,2月24日欄)も取り上げています。
そうした昨年以降の動きを見ていると,この緊急提言には,ついに来たか,という印象を持たざるを得ませんでした。平成司法改革の曲がり角に来ているというのが正直なところです。ただ,緊急提言が強調しているように,合格者数は,法曹の質の問題と関係することは否定できませんから,どのような立場をとれろうとも,法科大学院を含めた法曹養成制度のさらなる充実や弁護士会内でのOJTの充実をはかることなどは否定できないでしょう。
本当にしなければいけないことは何なのでしょうか。
この問題に関しては,私も同僚や知合いの裁判官だけでなく,昔なじみの弁護士さんとも激論を重ねました。司法改革に熱心に取り組んできた弁護士さんも,就職できない後輩弁護士の惨状を見かねて,やはり平成22年3000人案は,ペースダウンすべきだと語っておられたのが印象的でした。
私個人は,弁護士会には,3000人の目標を決して下ろして欲しくないというのが,心からの願いです。確かに,3000人案は,元々かなり思い切った案でしたが,これが議論された司法制度改革審議会の周辺では,経済界に6000人案まであったように記憶しています。さんざん議論したあげく,妥協として「3000人案」にみんなが渋々OKし,政府の方針にもなったのではないでしょうか。そして,3000人案で法曹人口を増やすと約束したからこそ,日本弁護士連合会の長年の提案もかなり受け入れら
れ,司法改革の全般的な実現の運びになったと思います。
でも,そんなそもそも論だけでは済まないのが,今回の事態です。私は,今回の事態に対して,一つだけ提案があります。それは,裁判所,裁判官,法務省,検察庁,検察官,日本弁護士連合会,単位弁護士会,弁護士など法律実務に係わる全ての機関,個人が,とにかく各地,各分野で弁護士の仕事を増やす努力を始めてはどうかということです。そう,今日から,明日から始めて欲しいのです。この提案に対しては,法曹の質の確保が問題ではないのか,弁護士の安定のために仕事を増やすのは本末転倒ではないのかなどの反論がもちろんありえましょう。しかしながら,司法制度改革審議会意見書が描いた21世紀社会にとって,法の精神,法の支配が日本社会の血肉となるために,弁護士の仕事を増やすことは,弁護士の質や生活等という問題にとどまらず,日本社会の大きな土台作りになることだと思うのです。決して「大道」を踏み外してはいないと思うのです。
一裁判官でも,こんなことができます。
手前みそですいませんが,私は,3月まで在籍した大分地方裁判所で,平成17年の新破産法の施行に伴って,陪席の裁判官や職員と協議を重ね,個人破産事件を同時廃止原則から,管財を増やす方向にかじを切りました。判例時報にも「e管財で個人破産手続が激変」(1926号3頁)とのレポートで紹介しました。そのためもあって(もちろん,判例の進化によって,破産者に過払金返還請求権が認められる事例が多くなったという新たな状況が生まれたことも寄与しています。),大分地裁の破産事件における管財事件比率は,平成16年の1ないし2パーセントから,私の転勤する時期の頃には,22パーセントくらいまでに高まりました。しかも,管財事件の60数パーセントを弁護士歴5年以下の若手に担当してもらったのです。確か,大阪では4年以上,東京では5年以上の弁護士歴がない人にしか管財人は担当させないという状況下です。この方針によって,新破産法1条の目的は,大きく前進したと思います。同時廃止だと,第三者の目を通していないので,闇から闇に隠されている財産を発見することができませんし,正当な債権者も不満が残って当然だと思います(破産法は,本来的には管財原則なのです。)。そして,第三者の目を通すことに債務者を協力させることによって,裁量免責の判断の事情も生まれることになったような気がします。
1980年代の消費者破産の急増に伴って,全国的に,個人破産は同時廃止が原則で推移しました(その背景に,「管財人の給源が限られている」という現実もあったのは否定できません。)が,今それを変える時期にあるのではないでしょうか。しかしながら,弁護士会,特に地方の弁護士会からそういう声がまだ積極的にでていないように思います。むしろ,裁判所の方が少額管財の普及ということで積極的なのではないでしょうか。おそらく,少額管財が普及すると,管財事件の一件あたりの管財人報酬が値崩れしてしまうという危機感があるのかもしれませんが,少額管財を普及させることは,全体として,弁護士の仕事を増やし,かつ,透明な破産手続の実現という点で,今の時代に適合的だと思うのです。また,いろいろ批判はあっても,法的知識や倫理感の点で,弁護士への信頼はまだまだ十分あるように思います。
知恵は出しようです。聡明な方々を沢山見かける法曹界ですから,知恵は沢山でるのではないでしょうか。裁判官,検察官も協力しましょう。とにかく,「大道」を行くために,全国の法曹の方々に上記提案をしたいと思います。 |