● Judgeの目その18 自ら経験した新たな労使紛争解決システム
 
〜「労働審判制度」

浅見 宣義(大分地方裁判所) 

「労働審判制度」の経験
 「Judgeの目その9 新たな労使紛争解決システムがスタート」(日本裁判官ネットワークホームページ,平成17年12月投稿)や,「労働審判制度が発足して1年が経過して」(同ネットワークブログ平成19年7月5日欄)で紹介しました「労働審判制度」を私も何件か経験してみました。評議の秘密にわたる事項等はお伝えすることができませんが,自分の体験を通して,この制度が,とても有用であることを実感しています。労働者側であっても,使用者側であっても,賃金,退職金,解雇など個別的労働関係における紛争を抱えている国民の皆さんに,民事司法改革の一環であり,国民の司法参加の一場面でもあるこの制度を是非使っていただきたいと切に思います(使用者側でも申立てが可能です。)。

この制度の詳細は,上記「Judgeの目その9」で紹介しておきましたが,原則として3回の審理期日で終結しなければならないことが最も重要です。労働事件といえば,激しい対立を予想しますから,果たして3回の審理期日で終結できるものか私自身心配でした。当事者の方々も同様の不安を抱えておられたことでしょう。この点、審理終結可能性や紛争の実質的解決可能性の点などから,制度そのものに悲観論も根強かったように思いますし,利用する側の弁護士さんからも,悲観論を直接聞かされることも私自身経験しました。しかし,実際に制度が始まり,自分も数件関与してみると,確かに,3回の審理期日で全ての事件が終結に至ったのです。しかも,話合いで解決する調停成立に至った事件がほとんどです。東京や大阪のように多くの事件を手がけているわけではないのですが,これは驚きでした。そして,上記「労働審判制度が発足して1年が経過して」でも紹介しておきましましたが,大都市部の裁判所でも同様の事態が進行しているようで,個別の問題点はありつつも,全体としては,労働側,使用者側双方に大変評判のいい制度ということができそうです。


順調な理由は?
 申立代理人弁護士がこの制度を十分理解し,3回の審理期日で終わる事件の選別をしていることや,申立人,相手方が3回の期日で終わるように準備体制を組んでいることなど当事者側が尽力した要因も大きいのですが,裁判所の労働審判委員会側での私の経験によりますと,労使双方からの労働審判員が労働審判委員会に参加していることも大きな要因として指摘できるように思います。私の少ない経験でも,労働審判員は,例えば,労働現場で使用される書類(タイムカード,賃金台帳,有給休暇簿など様々なものがあります。)について経験豊富であって,裁判官なら当事者にいろいろ釈明を求めなければならない場合でも,瞬時に書類の正確性や問題点を指摘できる場合があること,基本書や判例・裁判例には出てこない労使慣行等にも精通している場合が多いことなどが重要な点として挙げられます。このような点があるため,裁判官だけでは,審理手続において、ノロノロ運転をしなければならないのに,裁判官である労働審判官が,労使双方の専門家と協力して,労働審判委員会として早期に心証を固め,高速運転で調停案を提示することが可能になるように思われます。そして,上記「労働審判制度が発足して1年が経過して」でも紹介しておきましましたが,労使の労働審判員の意見が一致することが多いのも確かで,これが当事者双方に対する説得材料となることを実感しています。労使双方の労働審判員の参加を得て,裁判所の心証や調停案に厚みや説得力が増したのだろうと思うのです。


他の制度についても考えること
 同様の印象は,民事訴訟に導入された「専門委員」制度についても感じます。例えば,建築関係訴訟では,事件の内容を理解するためには,設計や構造などといった建築分野の専門的な知識が必要となりますが,裁判官が事件の内容の理解を深め,訴訟の進行をスムーズにするため,特定の分野の知識を豊富に有する専門家に,分かりにくい点を説明してもらうこととしたのが専門委員の制度とされ,専門委員は,大学教授や研究者など,高度な専門的知識を持っている人が多いとされています(最高裁のホームページ「裁判の話題」中「専門委員制度について」から)。この制度も,専門家の協力を裁判所が得られるため,審理がスピードアップするだけでなく,心証形成や建築訴訟では和解案の適切な提示に役立っているという実感が、運用している側の私にはあります。もちろん、労働審判制度と専門委員制度は、趣旨や制度設計が全く同一ではなく、専門委員制度については、心証形成にどれだけ用いてもよいのかといった問題はあるのですが、専門委員制度についても,制度発足前と比べて,特に医事関係訴訟でみられた患者側代理人の消極意見はやや薄らいでいるのではないか、制度発足によって総じて制度への信頼性は高まっているのでないかとの印象を私自身は持っています(この点は、人によって,立場によって意見を異にするかもしれません。)。

さて,こうした制度ですが,裁判員制度の成功への実感につながるでしょうか。労働審判員や専門委員は専門家の司法参加の制度なので,裁判員制度とはまた違うという反論もあるでしょう。裁判員制度については,まだ模擬裁判等を通じた感想めいたことしか表に出ていないように思いますので,即断は避けるべきでしょうが,労働審判員や専門委員の制度の順調な運用が,裁判員制度の成功へのさきがけとなることを心から祈っています。
(平成19年8月)