● Judgeの目その17 「開かれた裁判所の理念と裁判所の警備問題」
 
〜2つは矛盾するのでしょうか。

浅見 宣義(大分地方裁判所) 

裁判官に走った衝撃
 朝日新聞によりますと,東京地裁で今年4月、刑事事件の公判後に法廷で暴れた傍聴人の男性が、制裁処分を決める裁判で法壇に駆け上って裁判官に襲いかかり、法服を破るなどしていたようです。同地裁は、男性が法廷の秩序を乱したとして、身柄を20日間拘束する監置処分とした上で,後日、男性を公務執行妨害容疑で捜査当局に刑事告発しました。

 一昨年(平成17年)には,札幌高裁で、民事訴訟の開廷直後に,控訴人の男性が刃物を持って裁判官に近づき、裁判官や職員ともみ合いになったことがありました。これも報道からですが,男性は,解雇と賃金支払を巡る民事訴訟の一審で敗訴し、控訴審の第1回口頭弁論が始まった直後に、刃渡り約20センチの包丁を手に「準備書面があります」と言いながら、3人の裁判官らに近づいたようです。職員が割って入り、裁判官や職員は別室につながる通路に逃げ込み,難を逃れましたが,男性は,サバイバルナイフとアイスピックを所持し,捜査機関による取調べの際に「裁判官を殺すつもりだった」と話していたということです。
 いずれの事件も,全国の裁判官に衝撃を与えたのではないでしょうか。


起きやすいトラブル
 裁判所に係属する事件は,言わずもがなですが,裁判になる前に解決がつかなった事件であり,一般には紛争性が高い事件です。それだけに,相手方に対する感情が悪化している場合が少なくなく,刃傷沙汰になったことも過去ないではありません。また,そうした感情が,時に裁判官や裁判所職員に向かうこともあるようです。そのため,裁判所も警備問題に無関心でいられるはずがありません。市民の方々に参加していだき,裁判所の運営を考えていただく地方裁判所委員会でも,法廷警備の問題が取り上げられたことがあり(例えば,福島地方裁判所の地裁委員会:http://www.courts.go.jp/fukushima/about/iinkai/pdf/iinkai_3.pdf),この問題が重要なものであることがよくわかります。


守りたい裁判の場
 冒頭の2つの事件では,死傷者が出たという情報には接することがなく,正直安堵しました。もし死傷者が出るようなことがあると,本人やご家族に大変な負担をかけるだけでなく,裁判の威信が大きく傷つくことになります。裁判の威信などという用語を使うと,えらく権威的に聞こえるかもしれませんが,トラブルを抱える人たちが,公権的に紛争を解決するために,裁判の場はとても重要なものです。そこが安全な場ではないということになれば,紛争解決の場としての信頼が薄れてしまいますから,裁判の場が安全であるという信頼は,公益的な立場から是非維持していかなければならないと思います。「法廷等の秩序維持に関する法律」も,その目的(1条)として,「民主社会における法の権威を確保するため,法廷等の秩序を維持し,裁判の威信を保持すること」を掲げ,法廷等の秩序維持のために,各種の手段を規定しています。

心しなければならないこと
 しかしながら,裁判の威信,法廷等の秩序維持を性急に,かつ声高に叫ぶのは,一方で誤解を生むことになります。「開かれた裁判所」「利用しやすい裁判所」の理念に反するだけでなく,警備等により,当事者や傍聴人への裁判所の不信感が露骨になるという批判が出やすいからです。

 ここで重要なのは,「開かれた裁判所」「利用しやすい裁判所」と追求することと,裁判の威信,法廷等の秩序維持を追求することは,実は矛盾することではなく,冒頭のような事件が起きることが一定程度予想される中でも,「開かれた裁判所」「利用しやすい裁判所」を追求していくためには,実は,裁判の威信,法廷等の秩序維持を追求しなければならないという論の建て方をすべきことだと思います。当事者が,裁判所での安全について不安があれば,当然裁判で紛争を解決しようとは思わなくなるでしょうし,裁判官,裁判所職員であっても,自身の安全に自信がもてないような余裕のない状況になれば,「開かれた裁判所」「利用しやすい裁判所」を実現していくことなど到底難しくなると思われるのです。欧米では,政治的なテロの心配がありますので,裁判所の警備も日本とは比べものにならないところがありますが,しかしもう一方で,「開かれた裁判所」「利用しやすい裁判所」も追求しているように思います。

 かつて, 裁判の威信,法廷等の秩序維持をどの程度,またどのような方法で追求するかが議論された時代がありました。70年代の学生紛争事件のころです。当時と今では,社会状況も違いますし,裁判所に係属する事件も人も違う面があると感じます。また,当時と今では,平成司法改革を経る前であるのか,後であるのかといった違いもあります。裁判についての普遍的な価値を踏まえつつ,現在の状況に応じた警備問題の取組みも必要な時代になってきているといえましょう。
(平成19年6月)