● Judgeの目その13 山が動く
  
〜刑事裁判が変わりつつあります

浅見 宣義(大分地方裁判所) 

ホリエモンの保釈
 もう旧聞に属しますが,今年の4月,ライブドア事件で起訴されたホリエモンが,刑事裁判の第1回公判期日前に保釈されました。マスコミでも大々的に報道されましたが,私のように裁判現場にいる者としても驚きを禁じ得ませんでした。

 保釈というのは,検察官が起訴した事件について,勾留(マスコミは「拘置」という言葉を使います。)という形で身柄拘束されている被告人を,保釈金を積ませて釈放する制度です。従来は,起訴事実を否認しており,しかも多数の関係者がいるような起訴事件の被告人の場合,少なくとも,第1回公判期日前は,「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」がある,つまり関係者に働きかけたり,虚偽の証拠物を作出したりする危険性があるとして,保釈を許さない扱いが多かったと思います。


何故変わってきたのでしょうか
 しかしながら,今回の平成司法改革中の最大の改革といわれる「裁判員の参加する刑事裁判」に備えるためもあって導入された「公判前整理手続」の存在が,ホリエモンを保釈させたと言われることが多いようです。「公判前整理手続」というのは,第1回公判が法廷で行われる前に,裁判所,検察官,弁護人が,争点及び証拠の整理を行い,審理計画を立てる手続です。既に全国の裁判所で,運用が始まっています。この手続を充実して行うためには,弁護人と被告人が,綿密な打合せ行う必要がありますから,被告人の保釈によって,その綿密な打合せを可能にする必要があります。「公判前整理手続」を,そして将来の「裁判員の参加する刑事裁判」の成功は,この保釈の運用に大きく係っているかもしれません。


理論化が始まっています
 この保釈の運用については,最近,法律家の専門誌に,衝撃的な論文が掲載されました。松本芳希大阪地方裁判所判事の「裁判員裁判と保釈の運用について」(ジュリスト(No.1312)2006.6.1)という論文です。この論文は,「保釈の運用の実情について分析,検討するとともに,裁判員制度の施行により連日的開廷が現実化することなど司法制度改革の影響も視野に入れて,今後の保釈の運用の在り方について考察することとし,若干の提言を試みようとするものである」としています。そして,分析等をされた後,現在「保釈の運用を見直すべき時期に来ており」,そのために,(1)保釈の判断の実質化(「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」の具体的,実質的判断),(2) 裁判員事件での保釈の運用(積極的な保釈の運用)を提言されています。

 この論文は,法律関係者は必読だと思います。また,法学部生,法科大学院生,司法修習生も是非読んでいただきたいと思います。


民事裁判の改革から刑事裁判の改革へ
 私は,裁判官になって早19年目となります。そのうち民事裁判を担当した年月が長いのですが,刑事裁判も3年間担当しました。そして,私が裁判官として過ごした18年余は,民事裁判が大きく変わった時代だと思います。争点整理や集中証拠調べが定着し,日本の民事裁判は迅速,活発になってきた印象が強いのです。 

 今度は,刑事裁判が大きく変わる時代なのでしょう。裁判の現場にいて,その感を強くします。大げさに言うわけではありませんが,まさに「山が動く」という名言が当てはまるのではないでしょうか。
(平成18年8月)