土地の境界紛争解決の重要性
平地の少ない日本では,「一所懸命(一所に命を懸ける)」という言葉があるように(後に「一生懸命」に転じたようです。広辞苑から),土地への思いは強烈なことが多いのです。そのため,昔から土地の境界をめぐる争いは絶えません。そして,為政者も,その紛争を解決するのが重要な役割で,源頼家のように,土地の境界争いで、実際の土地も見ないで地図に直線の境界線を引いて,御家人の信頼を無くし,結局鎌倉2代目将軍の地位を追われた人もいれば,大岡忠相のように,伊勢神宮と紀州藩との境界紛争で,長年紀州藩に遠慮して明確な判断がされなかったのに,筋を通して紀州藩に不利な裁定をしたために,かえって徳川吉宗に感心されて取り立てられた人もいます。
そんなわけで,昔からドラマを生んできた土地争いですが,現在もまた多くの紛争があり,将来もおそらくずっと続くことでしょう。
今までは,主に裁判所での境界確定訴訟だけで解決してきたけれど
明治以後は,この土地争いは,主に境界確定訴訟という形で,裁判所で解決してきました。もっとも,ここでいう境界というのは,公法上の境界といわれるもので,土地と土地の境をさします。所有権の範囲とは必ずしも一致しません。ただし,一致することも多いので,当事者の方々は,境界確定訴訟を数多く提起してきたのです。
裁判所も,苦労して,境界を見つけ,また見つからないときは,自ら境界を定めることを行って紛争を解決してきたわけですが,訴訟の形で公法上の境界を確定するのは,(1) 当事者が境界について必ずしも十分な資料を持ち合わせていないこと,(2) 境界について専門知識を有する者が審理に関与する制度的な仕組みになっていないこと,(3) 登記手続との連携が図られていないことなどの問題点が指摘されてきました(法務省民事局民事二課による「新たな土地境界確定制度の創設に関する要綱案の補足説明」)。
新たな筆界特定制度〜是非使いましょう
そこで,この度創設されたのが,「筆界特定制度」というもので,既に今年の1月20日からスタートしています。ここにいう「筆界」とは,従来の境界確定訴訟における「境界」と同じ意味です。この制度は,法務局又は地方法務局に置かれた筆界特定登記官が,土地の所有権の登記名義人等の申請により,申請人等に意見及び資料を提出する機会を与えた上,外部専門家である筆界調査委員(弁護士や土地家屋調査士などが任命されるようです。)の意見を踏まえて,筆界の現地における位置を特定する制度です。場合により,測量等もされます。この制度は,上記のような境界確定訴訟の問題点を踏まえて制度化されたものです。詳しくは,法務局や地方法務局にお尋ねになるといいと思いますが,土地の紛争を抱えた方々には,是非使って頂きたいと思っています。
この制度ができて一番喜んでいるのは誰でしょうか?
この制度ができて一番喜んでいるのは,この制度を利用する土地争いをしている当事者の方々かもしれませんし,いや職域が広がった専門家だというちょっと穿った見方もあるでしょう。しかし,実は,境界確定訴訟を担当してきた民事の裁判官ではないかと思われる節があります。読まれた方の中には,「え,何で」と思われる方がおられるかもしれませんが,境界確定訴訟は,上記のような問題点があるだけに,裁判官にとっても,実はとてもやっかいな訴訟なのです。そのため,苦手意識を持っている裁判官も実は少なからずおられるようです。それこそ,「一所懸命」境界を確定しようと審理されていますが・・・。
それで,筆界特定制度ができますと,境界確定訴訟は減るのではないかと予想されており,思わず,にんまりする民事の裁判官は多いのではないかと思われます。ただし,筆界特定がされても,不満の当事者は,境界確定訴訟を提起することができますから,最後は裁判所で解決しなければならないのです。この意味で,境界確定訴訟は役割として残るのです。民事の裁判官も最終的には,にんまりすることはできません。
もっとも,筆界特定制度ができたために,境界確定訴訟の中で,裁判所は,登記官に対し、筆界特定に係る筆界特定手続記録の送付を嘱託することができるようになりました。つまり,専門家が検討した資料を十分参考にできるようになったのです。このため,裁判官は,従来よりも,豊富で整理された資料も参照して,境界を確定することができるようになると期待されます。
実は,私は,個人的には,境界確定訴訟が大好きで,審理の中で,土地の歴史や人間の歴史を探るようなところがあり,とても興味深いと思っています。今回制度化された筆界特定制度は,専門家を土地の筆界特定・境界確定に巻き込んだ意味で重要な制度であり,筆界特定制度と境界確定訴訟が相補いあって,大岡忠相のような筋のとおった紛争解決が数多くできることを心から願っています。 |