● judgeの目その3 旧裁判官,新裁判官?
          〜裁判官の経験の多様性
浅見 宣義(大分地裁)  
 この度の司法改革で,若手の裁判官(判事補)を弁護士事務所で,原則2年間職務経験させる法律と規則ができた。これは,他職経験がなく,一生裁判官だけを続けるいわゆるキャリア裁判官制度を修正し,裁判官の経験の多様化を図ろうという制度で,明治以来の日本の裁判官制度にとって初めての試みである。身分をどうするかの点について,激論があったが,一応,裁判官の身分を離れ,裁判所事務官の身分として,弁護士事務所等に行くことになる。もちろん,弁護士登録もする。従来も,他庁への出向や民間研修等で,他職経験をした裁判官は一部あったが,今度の制度は,当該裁判官の同意を前提にしてはいるものの,若い裁判官すべてを対象としているようである。将来は,弁護士職務経験のある「新裁判官」に対し,私たちのような新制度導入前の裁判官は,「旧裁判官」と呼ばれるかもしれない。

 ところで,私は,変わっているのかもしれないが,希望して5年前に預金保険機構というところへ2年間出向させてもらった。裁判官の職務経験しかない私にとっては,得難い経験であった。金融機関の破綻処理や不良債権の回収等を通じて,様々な人間模様を見させてもらったし,日銀や大蔵省(当時),検察庁のほか,金融機関の人たちと共に仕事をし,いろいろな業界の実情や裏話に接することができた。当事者側の人間として,裁判所に行くこともあり,裁判官の顔色がいかに気になるのか(微妙な事案では,和解の時に裁判官が話す一言一言のニュアンスがとても気になるものである。),証拠収集やその提出方法の難しさも感じさせられた。そして,他庁や民間の組織の下で暮らす人を見て,裁判官独立があるために,上下関係がさほど厳しくない裁判所の良さも十分に実感できた。こうした経験は,裁判所の実務に有益なだけでなく,裁判や裁判所を,内部からの視点だけでなく,それとは違う視点で複眼的に見る大事さを教えてくれたように思われる。もっとも,この経験により,人間関係が増えたために,裁判所以外の人に出す年賀状がとても多くなり,年末年始にはいつも四苦八苦している。

 今回の制度は,弁護士事務所だけを対象としているが,それ以外に,従来のように,留学や他庁に出向する若手裁判官も一部おられるであろう。そして,留学や他庁出向組がエリート裁判官で,他は一般裁判官なんていうつまらない図式ができてしまうかもしれない。それを心配する若手裁判官の声も耳にする。しかし,若手裁判官は,決してそんなことを気にしないでほしい。今回の制度を是非前向きにとらえてほしいのである。「旧裁判官」,特にまじめに裁判官のあり方を考えている「旧裁判官」には,裁判官の仕事を当事者側から考え直せること,裁判所の良さも実感できることなどから,弁護士職務経験のできる「新裁判官」の皆さんは,羨ましい境遇にあるのではないかと思われる。そして,先輩ができなかった経験を沢山して,よりよき裁判のために是非に生かしてほしいのである。たとえ留学や他庁出向の経験はできなくとも,それを経験した人から,様々な機会を通じて十分吸収すればよい。若さと馬力があれば十分にできるはずである。

 そして,多様な経験をした裁判官が,異なった角度から,合議や裁判官会議で活発な意見交換をし(裁判員制度や地家裁委員会等の制度の下では,市民とも活発に意見交換をすることが望まれる。),日本社会の中にある様々な価値や意見を裁判や裁判所に反映できるようにがんばってほしい。それが,結果的に,裁判官や裁判所の足腰を強くし,日本社会に生きて活動する様々な人たちにとって,司法が頼りがいのある真に重要なインフラとなる道だと思うのである。

 がんばれ,若手裁判官!
(平成16年11月)