これからの裁判官は,ネットワーク能力だ
浅見 宣義 (大分地裁)  
 この4月に高裁から久々に地裁に戻った。本ホームペ−ジと同じく,リニューアルである。ただ,司法改革の影響で,地裁の審理や運営もかつてとは様変わりである。その中でも特に,裁判官には,法律分野以外の知識や経験,能力が重要になってきたという印象がある。

 もちろん,従来も,同様のことは言われ続けてきた。そのため,私が裁判官になった当初の判事補研修等でも,「法律以外の分野にも関心を持って,本をよく読め。」「法律ではわからない人間の心理を描いた小説をよく読め。」「裁判官同士だけでなく,地元の職員とよく交流をしろ。」などと,先輩裁判官に事あるごとに言われたものである。忙しい合間を見て,そうしたことに努力されている裁判官は少なくなかった。しかし,上記のアドバイスに表れているように,裁判官が法律以外のことを身につけるには,伝統的に本や裁判所内の人間関係に頼るところが大きかったように思われる。中立公正を旨とする裁判所,裁判官にとっては,それはやむを得ない方法だったのかもしれない。

 ところが,昨今の司法改革によって,司法への国民の期待はどんどん大きくなり,逆に不満も当然大きくなってきた。「専門知識が不足している。」「人間理解が十分でない。」「社会の常識が分かっていない。」などと裁判官に対して様々な批判がされる。その中には,首を傾げる批判もあるが,襟を正さなければならないものもある。そして,そうした批判に応えていくには,批判が多岐にわたるため,従来のような、本や裁判所の人間関係だけではまかなえないのではないかと実感する。

 私は、今、民事裁判を担当しているが、今春から専門委員制度が民事訴訟に導入され、医師や建築士など専門的知識を持った人に補ってもらいながら裁判を進める必要が生じている。先日国会に労働審判法案が提出されたが、これが成立すると,裁判官が労働関係について専門的知識を有する専門委員2名との協力で審判を行う必要が生まれる。また、今後5年以内には,刑事裁判に国民が参加する裁判員制度が始まるが、裁判官が事実認定や量刑判断において,法的な知識が全くない人との協力が必要となってくる。こうした、専門家だけでなく社会の様々な人と協力していけることが、裁判官の能力として今後ますます要求されていくであろう。こんなことは以前には全くなかったことである。

 私は、裁判官が社会の人と協力していける能力を育てていくためには、日常色々な世界の人と交流している必要があるように思う。おそらく、そうした交流を通じて、本には書いていない生きた専門的知識だけでなく、社会を支える様々な感覚を学んでいけるのではなかろうか。その意味で、これからの時代の裁判官に必要なのは、様々なネットワークをつくる能力ではないかと思っている。学校の友人でもいいし、任地で新しく知り合った人でもいい。出向や留学を通じて知り合えた人や,子育てや趣味を通じた人間関係でもよい。自分の知識や能力にはだれでも限界があるのは確かなことなので,それを人的なネットワークで補える能力のある人が,信頼される裁判官となるのではないだろうか。実は、私たち日本裁判官ネットワークもそんなことを目指して、メンバーやサポーターの相互交流だけでなく、全国に200名近くクラブ員が存在する日本裁判官ネットワークファンクラブの人たちと交流を続けている。全国の裁判官、特に次代を担う若い裁判官の人たちに、自分のネットワークの一つとして(いくつでも、できるだけ多く参加するのがよいのであろう。)、私たちのネットワークに参加していただけないであろうか。ネットワークは、人が多ければ多いほど得るうるものが多いものである。