● 支部の充実を目指して
横山巌(サポーター)
 平成22年7月23日、北海道弁護士連合会定期大会記念シンポジウム「地域住民の”裁判を受ける権利”の充実を目指して〜司法基盤の整備は進んでいるのか〜」に、パネリストとして参加しました。私は、支部長経験のある元裁判官としての出席です。その他、元検察官の弁護士、ひわまり基金法律事務所の弁護士2名、町にひまわり基金法律事務所を招致した元町長が出席しました。
 シンポジウムの冒頭、北海道における裁判所及び検察庁の人員配置(非常駐の実態)が報告されました。北海道には、裁判官が常駐していない支部や独立簡裁が多いという実態が浮き彫りにされました。その後、裁判所、検察庁、弁護士から、それぞれ実情の報告をしました。
 私からは、支部における裁判官の仕事の様子を報告いたしました。支部裁判官の大変さとしては、いろいろな事件を一人で担当していかなければならず極めて忙しいこと、私の場合は二つの支部を兼務していたこと(両支部を一日おきに勤務した。)もあり、移動の大変さ(公共交通機関を使わざるを得ないこと、バス・電車の本数が少ないことなど)を取り上げました。また、支部長としては、職員の皆さんの勤務評定、庁舎管理など、司法行政の一端を担っていることを報告しました。
 元検察官からは、小規模支部に正検事が常駐している場合、常駐していない場合の実態(常駐している場合は、自分の事件を行うほか、副検事の決裁を行うこと、常駐していない場合には、副検事、検察官取扱検察事務官が事件を行っていること、支部管内での重大事件については本庁から検事が通って事件処理をすること、地方支部だと捜査のための移動に時間がかかることなど)が紹介されました。
 ひわまり基金法律事務所に所属している弁護士からは、支部には裁判官が常駐しておらず、填補裁判官による開廷日が限られていること(月数回の開廷)、事件が本庁に集約されていることによる不便さ、本庁までの移動には極めて長時間かかること、検察官が常駐していないこと、支部管内で逮捕勾留された被疑者が本庁で起訴されていることなどが紹介されました。
 地方における小規模支部の実態がよく分かった内容でした。

 続いて、弁護士会による弁護士過疎の解消の取り組みが報告されました。北海道の支部管内において、平成5年7月当時、10支部がいわゆる「ゼロ・ワン地域」となっていたものが、平成22年7月現在では、2支部に減少しています。法テラス、ひまわり基金による事務所開設が大きな役割を果たしていることが明らかになりました。
 ひまわり基金法律事務所の弁護士からは、弁護士過疎地域に赴任した動機及び赴任後の状況が語られました。その中で、大都市では考えられないような事件も発生していること(稼働したにも関わらず、基本給が一切支払われていない事案、事件屋の横行等)の報告がありました。弁護士が赴任することにより、地域住民の権利保護がはかられていることが明らかとなりました。
 その後、裁判所がないにもかかわらず、弁護士が事務所開設している中標津町の現地調査の報告がなされました。調査の目的は、弁護士の赴任前後の変化を明らかにすること、併せて標津簡裁の機能を把握することでした。標津簡裁の実情としては、裁判官が常駐していないため、裁判官と書記官との意思疎通が難しい、開廷日が限られているため、同じ代理人が同一の時間帯に平行して複数の調停に関与しなければならないケースが生じる可能性があったり、期日が先に延びてしまうなどの問題点が指摘されました。役所等からは、弁護士が事務所開設をしたことにより、役所が弁護士を紹介することが多くなり、いままで泣き寝入りしていた問題についても法的に対応できるようになってきていること、常駐の弁護士がいるという安心感があるということが挙げられました。しかし、一方で、まだ弁護士、裁判所に対する敷居の高さがあり、司法への心理的なアクセス障害があるということも分かり、裁判所、弁護士会との連携が必要という課題も見えてきました。
 続いて、裁判所がないにもかかわらず、弁護士の誘致に力を注いだ元町長からは、何故誘致に懸命となったのかについて、町自体の人口が増え続けている中、法律問題が増え、法律相談が極めて多くなり、弁護士会で行われている相談では対応できなくなったこと(数ヶ月待ち)などが話され、誘致にあたっては、弁護士会が主催したシンポジウムにパネリストとして出席し、町の事情を訴えるなどの行動をとったということが話されました。弁護士が来たということで、司法の世界が近くに感じるようになったという感想を述べられていました。
 元町長の行動力には、頭が下がる思いでした。

 続いて、裁判所、検察庁の支部機能が低下しているのではないかという点について議論が進みました。
 はじめに、日弁連、各弁護士連合会で行われたシンポジウムや協議会等で報告された内容をとりまとめた上、問題点(裁判所については、相当数の種類の事件が本庁のでみ取り扱われる「運用」となってきていること、その結果地域住民が裁判手続を利用することをためらっていることなど)を浮き彫りにした上、議論が行われました。
 まず、ひまわり基金法律事務所の弁護士から、裁判所の支部に裁判官が常駐していないこと、開廷日が月数回しか開催されないこと、支部の事件が本庁に集約されることなどにより、弁護士業務にどのような支障が生じているのか、ひいては地域住民にどのような影響を与えることになるかについて、説明がありました。
 主な点をあげてみます。裁判・調停期日が入らず、次回期日が数ヶ月先に指定されることや家事調停を行っているときに民事事件の法廷に出なければならないことなどで依頼者から苦情を言われたり、信頼を失いかねない。刑事事件が本庁起訴になるため、情状証人が出頭してくれない。緊急性のある事件あるいは本庁集約がなされている事件(執行、破産管財事件、労働審判事件等)については支部で対応できないため、時間と費用をかけて本庁に申立てをしなければならない、などなど。そのため、地域住民にとって司法が遠い存在になっている。
 私からは、裁判所は支部の充実についてどのような意識を持っているのかについて次のようなことを話しました。裁判所としては、地域住民への司法サービスの充実については意識している。裁判所が行っている支部事件の本庁集約については、事務処理の効率の面からすると集約の意味はあるとは思う。しかしながら、支部長の立場から考えると、事件の集約により支部職員の数が減り、職員のやる気に影響が出てきているのではないか、その結果、支部管内の住民に対する司法サービスが低下してしまうことに繋がってしまうことはないかという危機感がある。裁判所としては、現体制の中で如何に支部機能を充実していくかについて意識を持っていくことが大切である。支部における裁判官の増員については、事件数の問題があり、早急に解決できる問題ではない。
 元検察官からは、検察庁としては、事件は何処で起こるかわからないので、治安及び捜査の適正を維持するためには、とにかく人数を増やすことが必要であるという意見が出ました。

 以上のような支部の実情を踏まえた上、支部の機能を充実させるためにユーザーとしてどのようなことができるかについて話は進みました。
 元町長からは、裁判所職員の1名増員を求め、周囲の町長4名の連名で、地裁所長、事務局長宛に「嘆願書」を提出した話が紹介されました(なお、嘆願書に対する裁判所からの返答はないようです。)。今後は地方議会からの発信などが必要ではないかという話も出ました。
 私からは、支部における支部長の権限は大きなものがあるので、是非支部長に働きかけをすることが必要であると訴えました。第一審強化協議会で話題にしたり、その他支部長との話し合いなどもいいと思う旨を述べました。
 また、私が行った取り組みとして、「家裁の日」と称して、月1回、地裁事件を一切入れず、家裁事件に専念する日を作り、調査官にも本庁から出張してもらい事件進行を行った取り組みを紹介しました(なお、「家裁の日」の取り組みについては、「ケース研究277号」に掲載されています。)。このように、支部長はいろいろな取り組みを行うことができる存在であることを強調しました。
 元検察官からは、検察庁としては、とにかく人を増やすこと、支部への増員ができない場合には、本庁への正検事の増員配置により、事件後との臨機応変な対応をはかることが必要であると説明がありました。
 ひまわり基金法律事務所の弁護士からは、地元の裁判所・検察庁で、地域住民の権利を守ることができないのはおかしいという点が強く訴えられました。弁護士会はもとより、国がどのように国民の裁判を受ける権利を守るのかという視点から、国にいろいろな働きかけをすることが必要であると述べられました。

 最後に、このシンポジウムがきっかけとして、日本中に大きな風を吹かせようということでシンポジウムは幕を閉じました。

 裁判所にいる皆さんには、是非、支部問題に目を向けて頂き、現状をしっかりと把握し、どのように改革をしていくべきか、自分たちでできる改革はないかなどを考えて頂ければと思います。

以上
(平成22年8月)