● 弁護士職務経験者との懇談会
くまちん(サポーター)
 判事補・検事の他職経験制度というものがある。これは,司法制度改革の中で,裁判官や検察官に組織外での多様な経験をさせようという趣旨で,2年間にわたって裁判官・検察官の地位を離れて弁護士になり,「他職経験」をするという制度である。既に制度開始から5年が経過し,4月には第6期生が弁護士になる。
 毎年3月に日弁連で,弁護士職務経験者との懇談会が実施されるのだが,私は,制度発足時にネットのホームページに下記の駄文を書いた関係もあり,できるだけ参加するようにしている。先日も,貴重な経験談を聞くことができた。
   参考 「判事補桜田秀作の他職経験」
   http://www.j-j-n.com/su_fu/past2005/050401/050401e.html

 検察官出身者は,弁護人となって,接見や記録閲覧・謄写がどんなに大変かを思い知ったそうである。検察官時代は取り調べる相手は警察が検察庁まで押送してくれるが,弁護士となれば事務所を開けて警察の留置場や拘置所まで会いに行かなければならない。検察官は裁判に出す証拠が整えば,弁護士に閲覧・謄写が可能になったと伝えれば足りるが,弁護士はまた事務所を開けて検察庁まで閲覧に行かなければならない。事務所を開けると他の仕事が進まないので,その時間を惜しんで謄写を頼むと結構コピー代がかかり,全部は法テラスで負担してくれないので枚数が多いと相当自己負担しなければならない。一方,弁護士が証拠書類を出すとなると,事前にコピーして検察官に送っておかなければならない。民事事件では弁護士同士が当たり前にやっている作業だが,同じく「当事者主義」のはずの刑事訴訟では,対等ではない慣行が前提となっている。弁護側で相当分量の証拠書類を出すことになったときには,一度「証拠書類が整いましたから,閲覧・謄写に事務所まで来てください」と検察官に言ってみたい誘惑に駆られたそうである。検察官時代は,自白事件の国選弁護報酬が7,8万円であることについて,「こんな事件でそんなにもらえて」と思っていたが,実際にやってみるとそうは思わなくなったそうである。

 判事補出身者が,依頼者に事務所に来てもらうために送る手紙のタイトルを「呼出状」と書いてしまったというエピソードも披露された。

検察官出身者からは,「自分はまだ検察庁のカラーに染まっていないと思っていたが,外に出てみると染まっていることが分かった。この経験がなければ自分が検察の考えに染まってしまっていることに気づかなかったかもしれない。」「検察官時代は,普通の会社や銀行の人と会うのは取調官と被疑者・参考人という関係であったため,弁護士をして初めて普通の会社や銀行の人と普通に話ができ,どういうことを考えておられるのか分かった。」,裁判官出身者からは,「裁判官は他の人の法廷を見ることはなく,弁護士としていろんな人の訴訟指揮を見て勉強になった。時には当事者の前でこういうことは口走ってはいけないなと反面教師にしたこともあった。」「弁護士は依頼者に寄り添わなければいけない。最初のころは事務所の人に見方が客観的すぎると言われた。」「全ての裁判官に経験して欲しい。弁護士経験をすると決まったときに,裁判長から『僕が行きたいくらいだ』と言われた。」といった感想が述べられた。彼らが古巣に戻って,大いにこの経験を生かして活躍していただけるとの期待が持て,やはりこの制度を作って良かったと熱い思いが込み上げた(←僕が作ったんじゃないけどね)。

 興味深かったのは,事務所選択の過程が裁判所と検察庁で全く対照的なことである。裁判所ではこの制度は結構周知されていて,弁護士経験を希望すると受入事務所の情報をまとめた電話帳のような冊子が提供され,希望事務所を3つほど書いて出すそうで,それに対し裁判所から「この事務所に面接に行きなさい」とそれぞれの判事補に3事務所が重ならないように内示されるそうである。その中には希望しなかった事務所が入っていることもあるようである。これに対し,検察庁ではこの制度は殆ど周知されておらず,内示を受けて初めて制度を知った人が多いようである。そして,受入事務所についても内示後に全受入事務所のリストを渡され,「好きなところに面接に行きなさい」と言われ,むしろ内定者同士メールで情報交換して自主的に希望を調整して面接に行くそうである。制度周知に熱心ではない検察庁の方が,結果的に事務所選択については自主性を重んじた運用になっているところが興味深い。

 事務所側が給与を負担しなければいけない制度のため,受け入れる事務所側もそれなりの負担があるので,どうしても受入事務所が大規模事務所(渉外・企業法務系か都市型公設事務所)に限られがちである。多くの弁護士の方にこの制度の意義を理解していただき,受入事務所に名乗り出ていただければ幸いである。

(平成22年4月)