● ロースクールの現場から日本の将来を憂う
くじら
 ネットワークOBーで現在ロースクールで教鞭を執っている立場から,ロースクールの最近の情勢をお伝えします。

 「理論と実務の架橋」を旗印に始まったロースクールですが,結局,従来の大学の司法 試験合格者ランキングとロースクールの司法試験合格者・合格率・人気はほぼ重なってきて落ち着いた感があり,一橋大学,千葉大学,神戸大学がかなり躍進したこと,早稲田が慶應に逆転されたことくらいがめぼしい変化でしょうか。

 多くの大学では,2009年度入学生から定員を削減しましたが,実際の入学者はその削減した定員さえも大きく割り込むところも少なくないようです。大学進学希望者数が入学定員を下回る「全入時代」が到来していますが,ロースクールも選ばなければどこかには入れる時代になっています。

 しかも,進学には学力だけではなく,経済力も必要なため,学力はあっても経済力の乏しい者は進学を断念せざるを得なくなってきています。そのため本来法曹になるにふさわしい資質のある学生がロースクールを敬遠する傾向も顕著で,数年先には法曹の質の低下が深刻になると危惧されます。

 もともと旧司法試験の受験生が予備校でのマニュアル的な勉強に依存しているという弊害が叫ばれて始まったのがロースクールです(私は勉強には方法論が必要で,それをエキスパートに指導してもらうこと自体悪いとは思っていませんが)。しかし,実際にはロースクールの学生は今まで以上に試験を意識した勉強に走る傾向があり,学習が試験に必要かどうか,役に立つかどうかを非常に気にしています。かつての司法試験受験生のように自分から学ぼうという姿勢に乏しく,教員におんぶに抱っこで要求ばかりする者も増えているように思います(もちろん,司法試験対象科目以外の科目にも,自覚的かつ真剣に取り組んでいる学生もいます)。

 今,ある大学の歯学部でも教えていますが,歯学部も乱立のためレベル低下が著しいようで,授業中話を聞くという姿勢すらない者も多く,学級崩壊状態です。国家試験の合格率が7割に達しない大学も多く,自嘲的に「高学歴フリーター養成所」と自分の大学を呼んでいる先生もおられるくらいです。薬学部も6年制になって,親の経済力が必要になり,かえって人気が落ちてレベル低下したようですし,民主党は教員養成まで6年制にすると言っています。

 しかもそこまで時間とお金をかけても,薬剤師も教師もそれほど待遇がいいわけではありませんし,弁護士でも就職難に苦しみ,歯科医師さえ倒産する時代です。家計に余裕がなければ人生をかけてまでチャレンジできるものではありません。

 日本は,金持ちでなければ資格をとるスタートラインに立つことさえできない社会になりつつあるようです。しかも,そのチャンスに恵まれた若者の中にはそれを所与のものとして,そのチャンスがない者への理解も共感もなく,特権を浪費している者もいます。なぜ,有り余る冨を持つ世帯にまで定額給付金や子ども手当を税金から配らなければならないのか,理解に苦しみます。

 文明論者によると,ギリシャ,スペインからアメリカに至る世界の歴史を見ると,その覇権のピークになると弁護士,医師,保険業者が増え,その後その社会は衰退していくそうです。果たして日本はどうなるでしょうか。

 個人的には,中卒,極道の妻からでも,一念発起して弁護士になった大平光代さんのような方にも開かれている旧司法試験の方が平等でよかったと思います。