● 労働審判制度の発展を望む
    〜弁護士の審判官登用も
        高木太郎(サポーター,民事調停官)
 裁判員制度の話題が花盛りであるが,民事で評判のいい制度がある。
 平成18年4月から施行された労働審判制度である。
 平成18年(9ヶ月間)877件,平成19年1494件,平成20年はこの原稿を書いている時点では司法統計が公表されていないが,2000件前後となる見通しであり,平成21年はさらに増加を見込み,その利用はますます広がっている。
 労働審判制度は,個別労使紛争(解雇された,賃金が払われない,など)を対象にした裁判制度で,労使の専門家が裁判官とともに審理に参加し,3回の審理で結論を出すところに特徴がある。審判とは言っても,多く(8割近く)は,調停(話し合い)で解決がついている。申立から終了までの日数は平均で70〜80日である。
 労働事件は,今まで,民事一般の平均よりも時間がかかり,訴える側にも訴えられる側にも負担の重い事件だった。これが,労働審判制度の導入により,簡易迅速に一定の結論が得られることになった。この効果は,大きい。今まで泣き寝入りで終わっていた労働紛争が,司法の場に持ち込まれることにより,権利救済が図られるようになったのである。しかも,審判を主催する裁判官が経験を積んだ裁判官であることからより適切な審理が行われ,労働現場を知る労使の審判員が参加することからより現実に即した解決が図られるようになった。
 しかし,急速に利用が広がっていることに体制が追いついていない事態が生じ始めた。
 最近,東京地裁のある裁判官が「東京地裁の労働部では労働審判は1回で終了させることを原則としている」という趣旨の発言をしたとして,関係者の間で物議を醸している。
 早く終了させるに越したことはない。しかし,審理や調停(話し合い)が蔑ろにされてはならない。労働審判のもう一つの特徴は,労働審判委員会が当事者の話をじっくり聞いてくれることにあると思っている。そして,それが労働審判の人気を高めている重要な要素だと感じている。ある当事者が労働審判終了後に「裁判所は,こんなに私たちの話を聞いてくれるんですね」と話すのを聞いたことがある。自分の主張が通ったかどうかではない。自分の意見を聞いてくれて,結論に変わりはなくてもそれに含まれている疑問や思いに応えてくれた,ということが納得(そして調停成立)には重要なのである。
 早急な体制の充実が必要である。
 同時に,今後も増加し続けるであろう労働審判を支える将来の体制も構想されなければならない。労働組合,使用者団体は,自らの問題でもあり,体制充実にはお応え頂けるのではないか。問題は審判官(裁判官)である。
 抜本的な裁判官人口の増加が本筋であるが,もう一つに,調停官(非常勤裁判官)の活用が考えられる。労働審判は,審理・調停に重点があり,決定は簡潔なもので足りる。弁護士経験がそのまま生かせる制度である。
 そうは言っても,その給源はあるのか,という問題がある。現実には,調停官のなり手すら確保が簡単ではない状況がある。
 ただ,制度設計をうまく行えば,労働審判を行う非常勤裁判官なら確保できるのではないか,と思っている。現在の調停官の確保の問題点はいろいろ指摘されているが,私見では,(1)週に1日(定まった曜日を)拘束されることである。そして(2)自分が就任して何かお役に立てるのか,言い換えれば,自分が週に1日差し出して拘束されるにふさわしい意義のある仕事なのか,という点に対する答えが十分でないことである。(2)の裏としてそれによる自分の成長などの「メリット」がある。
 労働審判を主催する仕事なら,(2)は十分である。(1)は,担当した審判にあわせて日にちを取り決めることを原則にすれば,弁護士の仕事とあまり矛盾することはない。
 労働審判は,日本の裁判制度に新しい1頁を作る制度である。法曹関係者が知恵を出しあい,大切に発展させていくべきである。           
(平成21年8月)