● マスコミ報道の影響は?
質問
(20歳代,女性,静岡県,法科大学院生)
 裁判員制度についてお聞きしたいと思います。

 先日、検察審査会を扱ったテレビドラマがありましたが、その中で検察審査会のメンバーに選ばれた人が、自ら捜査に乗り込むようなシーンがありました。テレビドラマの中の話ですので、現実にここまでする人はいないと思いますが。検察審査会も新しく始まる裁判員制度も、無作為に市民の中から抽選で選ばれるという点は同じです。

 裁判員制度がスタートしますと、裁判員に選ばれた人は、与えられた資料だけで判断しなければいけません。しかし、社会的に有名になるような重大事件の場合、テレビや新聞等の裁判外の情報が、裁判員の価値判断に何らかの影響を与える可能性があるように思います。

 だからといってまさか裁判員に選ばれた人に、テレビや新聞を読むことを完全に禁止することは不可能です。

 裁判官の方は、自分の扱っている事件で、裁判外の情報が入った時、それを情報として取り入れないように、自分の中で何か特に意識しておられることはありますか?

 裁判員になった場合、裁判外の情報に左右されないようにするために、参考としてお聞きできればと思います
お答え
伊東武是(神戸地裁姫路支部)
 大変もっともな疑問です。また,むつかしい問題です。

 私どもも日常生活の中で新聞やテレビを見ますし,一般の人と同様に,犯罪報道には関心があります。地元で起こった重大事件などの報道も見聞きします。しかし,マスコミがどう報道しようとも(それは,多くの場合,警察からの発表内容をベースにしたものです。),その事件を実際の裁判で担当した場合には,職業裁判官として,あくまで,証拠によって判断する癖がついています。もともと,警察捜査に対しては,事案によって,鵜呑みにするのではなく,批判的に見る訓練をしています。逆に,捜査に批判的なマスコミ報道があっても,一方の側からの取材だけに偏っていないかとの批判的な視点を忘れないようにしています。証拠からの心証がすべてです。その心証がマスコミ報道と違う場合には,当然,マスコミ報道は無視します。多くの裁判官は,そうした姿勢でやっていて,マスコミ報道によって心証が歪められるという意識はもっていないと思います。只,大々的に報道された事件などについては,社会的に強い非難を受けているという意味で,量刑上は,なにがしかの影響がある場合もあると思います。

 そうは言っても,普通の報道以上に詳しく,また怪しい週刊誌情報などに対しては,私は,関心があっても,あえて読まないようにしています。やはり,不必要な予断偏見を持たなくてすむものなら,最初から持たない方がいいと思うからです。

 裁判員に対しても,審理開始前の最初の説明の段階で,新聞,テレビ,週刊誌等からの予断,印象を全部捨てて,証拠だけから判断するべきことを分かりやすい例などを出して説明することが大切でしょうね。また,評議の席で,そうした予断に基づく意見と思われるものに接した場合にも,その都度,「それは証拠に基づいていますか」の注意喚起も必要になってくるかもしれません。賢明な市民は,そうした説明,注意喚起を受ければ,「証拠に基づいて」判断しようと努力するのではないかと思います。

 簡単ですが,とりあえずのお答えとさせていただきます。
(平成18年2月)