● オレオレ詐欺考〜垣間見える日本の家族の姿

ミドリガメ

 いまや「オレオレ詐欺」は日本全国を荒らし回っている。個々の事件の被害額が大きく、その被害総額は極めて多額に上るだろう。

 周知のとおり「オレオレ詐欺」という犯罪は次のようなものといえるだろう。すなわち,被害者と全く関係のない犯人が,老人の住居に電話をかけて,「オレだよ,オレ」などと言って老婦人等にその電話の主が息子あるいは孫だと思いこませ,被害者が「○○ちゃん」とその名前を口走ると,その時点から「○○」になりすまし,金銭的な窮状を訴えて同女から多額の現金をだまし取る知能犯である。
 この犯罪の特徴は、次のような点にある。すなわち、
 第1に,老人特に老女を狙った犯罪である。不思議なことに,私が知る限りでは,電話に登場する犯人(電話の声も被害者宅へ訪問する使者も)は例外なく男であり,被害者はほとんどが60歳代ないし80歳代の女性である。
 第2に,犯人は被害者の子や孫を装い、以後会社の金を使い込んで仲間と一緒に株を買ったが失敗した,金を戻さないと会社を辞めさせられるとか,電車の中で鞄をなくした,すぐに支払いが必要な金が下ろせないので立て替えて欲しいなどと言い急ぎの金に困っていることを訴えて被害者をだますもので、人の心の隙を巧みに突いてくる。犯人は,当然被害者の息子又は孫とは声が違うことを自覚しているから,これをカムフラージュするために,風邪を引いてのどを痛めていると弁解するのが普通であり,また,ターゲットである母や祖母から本当の息子又は孫に電話連絡をしないように対策を立てている。それは,予め,自分の携帯電話を壊してしまった,新しい携帯電話の番号はこれこれですと伝えるという準備工作をしている。したがって,ほとんどはその翌日に、上記のだましにかかるのがこの犯行の常道である。
 第3に,被害額が極めて多額である。1件100万円から数百万円が多く、中には数回にわたって一千万円を超える被害を受けた人もいると聞く。老人家庭の生活の蓄えである多額な現金を依頼を受けた数時間後にはポンと渡す「気前のよさ」には,戦中戦後に育った貧乏性の私などは驚くばかりである。被害者である老婦人がいかに動揺しているかは想像するに難くない。
 第4に,組織犯罪であり、組織の中枢に捜査の手が及ばないように、手足である実行犯の獲得などは計算し尽くしている。犯罪組織は,予め実行犯が捕まることを予想しているので,実行犯の獲得は,行きずりの者をわずかな報酬で引き込んで被害者方に行かせることが多く,最近は高校生が使われることさえあるという。使いの者には組織に関する情報をできるだけ教えないようにし,すべて携帯電話で指図しているので,実行犯が捕まっても,中々組織の中核にまでは捜査の手が及ばないようである。このように実行犯は使い捨てであるため、いくら実行犯が逮捕されても、今のところこの種事件の根が絶たれそうな様子はない。
 「オレオレ詐欺」は,当初銀行あるいは郵便局の口座から犯人が予め準備していた他人名義の口座に振り込ませる形で金銭をだまし取るのが主流であって、これは「振り込め詐欺」ともいわれた(なお,警察庁等が「振り込め詐欺」と呼んでいる詐欺罪の類型には、オレオレ詐欺のほかに架空請求詐欺、融資保証金詐欺、還付金詐欺が含まれるようだ。)。しかし,警察庁・法務省の「振り込め詐欺撲滅アクションプラン」に基づく活動、すなわち老人たちが携帯電話片手に犯人の指示に従ってATMを操作・送金し、被害にあうことに対してATM周辺の警戒を強めたことや,匿名化した携帯電話や預金口座をなくすための取締り等が進んだことも効果があったのか、最近ではこの形態の犯行は激減したというのが実感である(犯罪白書平成23年版では、上記の広い意味の「振り込め詐欺(恐喝)」の認知件数は、平成20年には約2万件あったものが、平成21年には約7500件、平成22年には約6600件となっているが、オレオレ詐欺類型の認知件数の動向は明らかでない。)。
 最近は「オレオレ詐欺」の「振り込め詐欺」類型に代わる形態として,子や孫を装った犯人の「使いの者」が被害者方に赴き,直接現金を受領するものが主流になってきたといえる。この「使いの者」は,会社の同僚,友達,税務署員,弁護士などと称して被害者方へ赴くのであるが,彼らには身分証明書を示したり,名刺を渡したりする者はほとんどない。また彼らの中には決して身なりがよいと言えない者いるようだし,最近では高校生までが動員されているというから,ここで怪しいと気付かないのは被害者側の注意力のなさも大きい。この形態の犯行でも,実行犯は被害者に顔を見られるし,被害者に求められて書いた領収メモに指紋を残すことがある。また,実行犯はいくつもの事件を掛け持ちするので検挙される可能性は決して低くない。
 実態はわからないが、犯人が予め被害者情報をつかんでいる気配がある場合もあるように思われる。このような犯罪組織には,さまざまな名簿を集めている名簿業者から,老人のリストを買い,これでターゲットを決めるものがあるように聞く。こういうことが案外多いのかもしれない。
 このような被害は日本全国で日々起こっている(ただ,国民生活白書平成20年版によると,オレオレ詐欺は東京都を初め千葉県、埼玉県などの関東地方で特に多いという。)。
 最近では,前記のようなお決まりの準備工作をしなくても,オレオレ詐欺が成功しているケースもあるように思われる。もとより、犯人から電話がかかった段階から現金を渡すまでの過程で、怪しいと見破り,警察に連絡した結果検挙に至ったケースも少なくないであろう。しかし,このような老人を狙う悪質非道な犯罪を阻止し,組織の根を絶つような名案はまだ見つかっていないのではなかろうか。今のところ、警察による地道な捜査を続けることと(犯罪白書によると,平成21年以降振り込め詐欺全体の検挙率は相当高率になってきたようだ。)、狙われる可能性のある老人やその家族が十分注意し、怪しいと思ったら直ちに警察に通報するようなことしか手がないのだろう。
 それにしても,このような被害が繰り返されるのをみていると,現代の我が国の親族問題が浮き彫りにされるようである。その特徴の@は,核家族化の中で,親子や祖父母と孫の接触が希薄になっていることである。いかに「風邪を引いてのどを痛めた」といっても,息子や孫のしゃべり方の特徴などで,電話の主が子や孫でないことが聞き分けられなものだろうかと思う。子の親不孝の隙を犯人に付け込まれているといえないだろうか。Aは,なぜ被害者は誰にも相談せずにこのような大金を即刻渡すのだろうか。「孫」の場合は,なぜ親に相談したのかと尋ねないのだろうか。また、なぜ自ら大金を渡す前に親(息子)に連絡をしないのだろうか。母性本能の強さゆえに,子や孫のピンチと思いこむと動揺して冷静さを欠いてしまうのであろう。Bさらに,どうして,子や孫に直接渡すと言わず,見ず知らずの人が大金を取りに来るのを許すのだろうか。また、使いの者に身分証明をきちんとさせることなく不用意に大金を渡すのだろうか。私なら,「こんな大金を貸してくれというのなら自分で取りに来なさい」と一喝しそうである。昔の父親や祖父であれば,直接事情を聞き,説教の一つも垂れてから渡すものではなかろうか。実際には,実母や祖母である被害者が自分でこられないのかと聞いても,「今手が離せないので」という程度の言い訳で許してしまっているのではないだろうか。子育ての甘さ,けじめの弱さを犯人に突かれているような気がするのである。
 警戒してかかれば、必ず、「風邪を引いたので声がおかしい」、「携帯電話が壊れた」という定型的な文句を初めとして、大金であるのに今日のうちに金が欲しいなどと言うこと、自分では取りに来ず、使いの者に取りに行かせることなど疑わしい点はすぐに見つかるはずである。しかし、息子又は孫だ思いこませ警戒心を麻痺させるところに、オレオレ詐欺の本質があるといえるだろう。一旦騙されてしまうと,冷静に、警戒心を持ってという注意だけでは十分な対策にならない点にオレオレ詐欺の難しさがあるといえる。
 このような被害を免れるためには,被害者になりうる年齢の母や祖母を持つ者(特に男性)が家族間の日常的な接触を怠らないことが大切なのではなかろうか。実際に被害を被った老婦人たちも、息子らと頻繁に電話をし,家族の様子を聞いていたら,このような「見事な騙され方」はしなかったのではないかと思うからである。

(平成24年4月)