● 「裁判員裁判における情状弁護を考える」(北海道弁連定期大会記念シンポジウム)

中村元弥

 さる7月22日に旭川市で開催された北海道弁護士会連合会定期大会に合わせて表記のシンポジウムを開催した。

 札幌以外で開催される弁連定期大会の午前中の記念プログラムは,講演会など無難で負担の少ないものが多いのだが,旭川会は,身分不相応にも,平成12年には「公設事務所が拓く道北の明日」,平成18年には「弁護士会と法テラスとのベスト・パートナーシップを考える」というチャレンジングなシンポジウムをやってきた。今回は,これらのシンポを企画実践してきた辻本純成弁護士が会長として大会の議長に専念されるので,私がシンポジウムを企画しコーディネートもする役回りになった。
 そこで,個人的な関心分野であり日弁連の委員も務めている裁判員裁判について,情状弁護の戦略意識が弁護人に根付いているかという問題意識,危機感を喚起するシンポジウムとするべく「裁判員裁判における情状弁護を考える」という表題にし,刑事弁護人の自慢話でも面白くないので,パネリストは,元裁判官安原浩氏,元矯正施設職員で龍谷大学法科大学院教授の浜井浩一氏,心理学者で北海道大学教授の仲真紀子氏という畑の異なる3名にお願いし,御快諾いただいた。この狙いが当たったかどうかは,当日の参加者150人の御判断に委ねるしかない。

 安原浩弁護士は,元刑事裁判官で,いわゆる震災ボランティア判決(判例時報1589号161頁)で注目されたほか,日本裁判官ネットワークのコーディネーターとして活躍され,弁護士としても明石歩道橋事故の指定弁護士を務めるなど著名な方である。実際に裁判員裁判でも,殺人事件で8年の求刑に対して執行猶予判決を取得しておられ(「自由と正義」平成22年10月号,「季刊刑事弁護」66号42頁),当日はこの事件の弁論要旨(匿名処理済)も資料として配付された。
 安原氏は,現職裁判官時代のある会議で,さる高官から裁判員裁判に関して「今までの刑事裁判が良いと思っていてはいけない」と言われたのに対し,「今までの裁判をさせてきたのは最高裁ではないか。最高裁自身の反省もないままにそのようなことを言われたくない」と発言し,「(司法改革積極派のはずの)あなたはどちらの味方なのか」と言われたエピソードを明かし,裁判員裁判に積極的である理由として,高裁時代に,あまり真面目に取り上げていなかった常習累犯窃盗事件での一部無罪主張について,調べるほどに無罪方向の証拠が出てきて逆転無罪判決に至った経験から,裁判官を長くやっていると「こいつ,またこんなウソを言っている」と思いがちで,裁判体を変える必要があることを強調した。
 安原氏は,裁判員裁判による「変化」を,(1)裁判員(体)が熱心(パターン認識の強い裁判官は,当事者の主張を真面目に聞かない),(2)調書の量が減少(公判中心主義の実現),(3)判決書が変わった(争点中心の判断),(4)弁護士のやり甲斐が向上,とした。
 情状弁護戦略としては,形になった情状・反省を示すようにすることが重要で,かつて高裁で破られた自らのボランティア判決に関して,最近の大阪高裁上垣コートで薬物事犯について東日本大震災でのボランティアを量刑上考慮して実刑を執行猶予にした判決が出ていることを紹介された。表現能力に恵まれないために被告人質問でうまく自らを語れない被告人については,むしろありのままの状態を裁判員に見てもらった上で,それが誤解を招かないように,親族など周囲の人間や専門家などの証言で補うようにすべきだとされた。自らの裁判員裁判でも,検察官の反対で実現こそしなかったが,理路整然とした自白調書と違って被告人がたどたどしく供述する捜査段階でのDVDを弁護側から請求・上映して,被告人の実際の「語り」を見てもらう戦略を考えていたことを紹介された。
 また,ケースセオリーについても,例えば自らの裁判員裁判でも「老老介護」だからと言うだけでなく,犯行の執拗な態様という被告人に不利な事情について説明するために接見を重ね,被害者のある発言が激情の引き金となったことを聞き出し,この発言をケースのキーワードとされたことを紹介された。
 安原氏は,裁判員に対するアンケートで,弁護人の主張が分かりにくいという回答が,しかも期日が長い事件ほど多い点について,弁護人が従来の調書裁判に対応した弁護活動,自白調書の変遷を分析して信用性を争うような弁護活動こそが刑事弁護の真骨頂だと誤解したまま,総花的な弁護活動を行っているのが原因ではないかと指摘された。

 浜井浩一教授は,元法務省職員で,刑務所・少年院・保護観察所に勤務し,「犯罪白書」を作ったこともあるという経歴の方で,「刑務所の風景」(日本評論社),「2円で刑務所,5億で執行猶予」(光文社新書)等の著作で有名である。また,現在,「季刊刑事弁護」で「法律家のための犯罪学入門」という連載をされているほか,最新刊著書として「実践的刑事政策論」(岩波書店)が出ているので,未読の方は是非目を通されたい。
 浜井氏は,裁判員裁判について,当初重罰化を危惧していたが,始まってみると,裁判員が矯正・更生保護に関心を寄せるようになり,評価するようになったと述べ,ただ,裁判員裁判における量刑は,裁判員が誰に,被害者と被告人のどちらに感情移入するかによって二分化していくとし,被告人にコミュニケーション能力がないと伝わるものも伝わらないという危惧を指摘した。現に,矯正施設では,IQ70未満で知的障害と判断されるものが4分の1に達している。起訴猶予や執行猶予にした被疑者・被告人のうち,7割はそのまま更生しているのに,裁判官・検察官は,再犯する3割を度々見ているので,一般国民より被告人に厳しくなるのではないかとも指摘された。
 浜井氏は,発達障害を持つ被告人が,「僕は被害者ではないので被害者の気持ちは分かりません」などと,「正直」に答えて誤解される危険を指摘し,大阪弁護士会では発達障害を発見するためのチェックリストが作られていること,知的な障害を持つ被告人については,福祉関係の専門家などを巻き込んだ「更生支援計画」を作ることが重要ではないか,と指摘された。
 浜井氏は,アメリカの犯罪学では,認知行動療法により被害者の心情を理解させるプログラムは,かえって再犯率を向上させているという衝撃的な指摘をし(季刊刑事弁護62号参照),その理由として,徹底して被害者の手記を読ませたり,被害者が心情を語るビデオを見せたりするプログラムは,自分たちが被害者にこんなに深い傷を負わせたということを強く植え付けてむしろ自尊感情を傷つけるからではないかとし,更生とは,本人が再犯をしないで社会生活ができるようになることであり,立ち直りには,自分が社会に必要な存在であると認められ,そのことを実感できる「共同体感覚」が必須である,と指摘された。

 実は,安原氏は,裁判官の中でも応報刑純化に近い意見の持ち主であり,これに対し浜井氏は,教育刑論者なので,両者の空中戦になることも危惧されたが,そこはお二人とも「大人」なので,適切なシンポの進行にご協力いただけた。

 仲真紀子教授は,認知心理学・発達心理学・法と心理学(目撃証言・面接法)がご専門で,本庄事件(八木茂死刑囚)で武まゆみ氏証言が「偽りの記憶」である可能性について鑑定書を提出されているほか,子どもの供述の信用性に関して刑事裁判に携わられる機会の多い方である。足利事件の菅家さんの取調録音テープについて心理学的な分析を加えておられ,裁判員裁判に関しても,遺影や被害者意見陳述が裁判員に与える影響についての調査を行っておられる。
 仲氏には,事前に北海道大学法科大学院における岸田洋輔弁護士の「刑事実務演習」での模擬接見授業を傍聴していただき,そこでの接見内容(弁護士ではなくLS生という前提はあるが)を供述心理学的な手法で分析していただいた。その分析によると,被疑者(役)は,弁護人(役)のオープン質問や相づち(返事)に対する発話が多いことが分かるが,弁護人の質問は,言葉自体が難しい上に,クローズド(誘導)質問が多いことも分かる。弁護人が被疑者から多くの情報を聞き出すには,「情報」を出さず,答えを解釈・コメント・評価せずに,相手の「言葉」を使って話を聞くことが重要で,8割くらいがオープン質問になるように目指す必要があると指摘された。導入としてエピソード記憶の喚起,例えば,最新の取調で警察官と話したことを語らせるなどした上で,本題について,自由報告とオープン質問で聴取し,確認質問してから,クロージングをする(被疑者からの質問・心配・希望,弁護士からの説明・方針・励まし)「司法面接」的接見技法が示された。「被疑者ノート」については,使われている言葉,例えば「身体拘束」や「接見」といった言葉でさえも難しく,イラストや注釈を付けるなど改善の余地があることが指摘された。
 仲氏は,被告人質問について,弁護人の質問自体が前提情報をいくつか埋め込んだ長い問の形になっていて,それ自体が分かりにくく,弁護人自身が自らを変え,被告人が語りやすいようなトーン等を工夫し,訥々とでもいいから,裁判員が固唾を呑んで見守る中で自らを語れる環境を整えることが必要と指摘された。

 お三人からは,もっと色々なお話を聞きたかったが,時間の制約としゃべりすぎる司会の私の不手際で果たせなかったのが残念である。
 なお,当日の資料集については,旭川弁護士会に多少の余部があるので,希望者は当職まで申し出られたい。

(平成23年10月)