最近,静岡地裁浜松支部における裁判員の記者会見での発言をきっかけに「裁判長の誘導」を批判する記事が散見されるようになりました。このようなことは,模擬裁判でも指摘されたのを聞いています。時間が足りなくなって結論が出ていないと,裁判長はつい結論を出すことを急いで,裁判員のペースと合わなくなってしまうことがありました。心しなければならないことです。ところで,回覧された裁判員裁判の記事の中で,中日新聞「話題の発掘 ニュースの軌跡」ここがおかしい!裁判員制度 裁判官まるで誘導役という特集記事をみて,ひっかかるものがありました。この記事には誤解も含まれているのではないかと思ったので,皆さんのご意見を伺いたいと思います。
それは千葉の強盗致傷事件(平成21年9月18日判決)に関して触れられた部分でしたが,裁判員の会見の際の「私は下着窃盗ではないかと思っていたが,裁判長の強盗になるという説明を受けて納得しました」という趣旨の発言を引用し,これを静岡地裁浜松支部での「重要な点を決める際に,裁判官から『法律で決められている』といわれちゃって」「見えない線路が敷かれている気がした」という裁判員の発言と並べて,「千葉地裁の裁判員裁判でも”線路”が垣間見えた。」と評議における裁判長の態度に問題があるかのような取り上げ方をしているものでした。
他の新聞の記事から事案を見ると,被告人の男が,女性宅から下着を盗み,車で逃げようとしたが,目撃者の男性にドア越しに胸ぐらをつかまれたために,腕にかみついて5日間のけがを負わせ,強盗致傷で起訴されたものです。弁護人は,窃盗と傷害を適用すべきであると争いましたが,判決では強盗致傷が認定されました。判決後の会見で,複数の裁判員からは,「これで強盗と?」と思ったが,裁判長が,強盗にもいろいろあると説明して下さったという趣旨の発言があったようです。この裁判員の発言をとらえて,中日新聞の記者は「裁判長が検察官の味方をしたように聞こえた」と論評して制度運用の疑問点の一つに加えているのです。しかし,裁判員の会見を引用した別の新聞記事を見ても,裁判長は強盗にも色々あることを丁寧に説明したようにしか読めませんでした。
ところで,蛇足になるかも知れませんが,強盗には,例えば,犯人が万引き窃盗をしたつもりが,これを見とがめた被害店の店員に呼び止められた際に,逮捕を免れようと店員に抵抗して強い暴行を加えると,窃盗が発展して強盗の扱いになるものがあり,これを「事後強盗」といいます(刑法238条)。相手に怪我をさせた場合には強盗致傷となって裁判員裁判の対象事件になるのです。
したがって,千葉地裁の事例も事後強盗による強盗致傷として起訴されたのです。もちろん,暴行の程度が軽い場合は,その事件の弁護人のように強盗とするのは問題だ,窃盗と傷害と認定すべきだと争うこともよくありますし,検察官が初めからそのような起訴をする場合もあります。もちろん,暴行の程度が軽いから,「被害者の抵抗を抑圧した」とはいえないと考えて強盗にはならないというのは立派な意見です。もし,このような事実を踏まえた意見を裁判長が法律解釈だとして無視したりすれば,問題だと思います。しかし,裁判員の常識では,窃盗と傷害ではないかと疑問を持ったとしても,法律解釈上は強盗致傷になるということはあり得ることです。法律解釈自体については,法律専門家である裁判官の意見を尊重してもらう必要があります。中日新聞の特集記事は,当たり前の評議の経過についての裁判員の説明が誤解されたのではないかと懸念されます。なお,報道記事には,判決で小坂裁判長は、被告の行為を「犯人を捕まえることをあきらめさせるのに十分な強さがあり強盗罪の暴行に当たる」と認定したとあり,判決でも問題のポイントについて丁寧な説明がなされたことが窺えます。マスコミの皆さんも,裁判長が事実認定を含めて自分の見解を押しつけたのか,それとも法律について説明しただけなのかを良く判断して論評してもらいたいものだと思った次第です。
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