● 東京地裁第1回裁判員裁判の報道に接して

ミドリガメ(サポーター)

いよいよ裁判員裁判が始まりましたね。思いつくままに感想を述べてみます。

○ 上々の滑り出しでよかったですね。

 第1に,傍聴希望者が沢山来てくれたこと。関心の高さを示しています。法廷の傍聴席が狭く,せっかくきてくれたのに傍聴できなかった人が気の毒でした。
 第2に,裁判員候補者の出席率が大変良かったこと。覚悟を決めて休暇を取ってきてくれて,選任されないで帰る人のことももっと考えなければいけませんね。
 第3に,抽選とは思えないほどに裁判員及び補充員のレベルが高かったこと。模擬裁判で裁判員を頼んでもこれほどの人がそろうだろうかと思うほどでした。日本国民のレベルが高いと言うことでしょうね。
 第4に,裁判員経験者の記者会見での発言もまじめなものだったこと。補充員から裁判員になられた方も渋くてよかったですね。案の定記者会見のアンコールまでされていましたが,こういう人生経験豊かな方でなければ,この事件の被告人の酌むべき点を見出すことは難しいかも知れませんね。
 第5に,女性裁判官の存在も光りましたね。女性裁判員が雰囲気に早く打ち解けるのに大変役に立ったようでした。これからもできるだけ女性裁判官を一人構成に入れるようにしたいですね。
 いずれにしても,良いことがそろって,願ってもない第1回の裁判員裁判ができ,この制度にとっては素晴らしい出発になりました。

○ 第1回の裁判員裁判の初日に合わせて裁判員制度反対のデモもありましたが,判決後に反対者の立場からのコメントが報道されなかったことと,裁判員の記者会見で反対されている理由について感想が聞かれなかったことが残念でした。

○ 一つ気になったのは,抽選の結果裁判員の男女比が1対5とアンバランスが余りにもひどかったことです。今回は被告人が男性,被害者が女性でしたので,被告人も男女差が気になったのではないかな。もしかしたら,そのことが被告人の言い分が聞いてもらえず,刑が重かったことにも影響があったと考えたのではないかとも想像します。
 事件によっては,今回と逆に男性優位になって公平でないと見られることもあるのではないでしょうか。いっそ男女3対3になるように抽選することも考えられますが,裁判官も含めた男女比率も問題になるのでそう簡単ではありません。何かアンバランスを解消する工夫がないものでしょうか。立法論ですが,まず,男女の比率だけを表示して,裁判官も含めて男女のアンバランスが著しい場合は,被告人・弁護人,あるいは検察官から,これでは被告人に不利益な判断が出るおそれがある,あるいは公平な裁判ができないおそれがあるという異議を出してもらい抽選をやり直すことも考えて良いかも知れませんね。


裁判員裁判と量刑問題
とくに検察官の求刑をどう考えるか。

○ 第1回の裁判員裁判の報道を見て,私が気になった一番大きな問題は量刑です。裁判体の構成がその事件によって全く違う以上,個別の事件で重いとか軽いとかが生じるのは想定の範囲内です。私が考えている問題は,もう一歩踏み込んだ「検察官の求刑の機能」のことです。

 これから述べることは,私の独自の意見で皆さんにそうではないと叱られるかも知れませんが,従来,検察官の求刑というのは国家の訴追機関である検察庁の意見としての重みを持っていたということです。法定刑,従来の同種事件の量刑の実情,さらにその種の犯罪の動向,国民感情なども加味するかも知れませんが,これらを踏まえて検察組織としての求刑基準に従って求刑意見が形成され,上司の決裁を受けているのです。したがって,被害者の代理人の意見とは全く重みが違うということです。

 私の経験から言うと,これ自体犯罪の性質及び態様を中心としてかなり類型的に形成されていると感じられるもので,被告人の側の事情は余り酌まれていないので,私はおそらく最大限に見積もってこれくらいという趣旨の意見だと思っています。検察官の提示した公訴事実がそのとおり認定された場合であっても,裁判所は被告人に有利な様々な事情を十分に取り入れて量刑をするので,実際の宣告刑は大なり小なり求刑を下回ったものになる必然性があるのです。現実の量刑は求刑の8掛けとか7掛けとか揶揄されていますが,検察官の求刑はある意味で上限を提示し,宇宙のように広いわが刑事法の法定刑の中で量刑のアンバランスを防ぐための大きな役割も果たしていたと思うのです。そのような意味では,刑事裁判実務において検察官の求刑は尊重されてきたといえるでしょう。たまに求刑どおりあるいはこれを上回る実刑判決があると,これ自体なんら違法でないにもかかわらず,検察官は驚いて,裁判官が変わっているのか(半分冗談です。),求刑が軽かったのだろうかと部内で真剣に検討するということを,噂ですが,聞いたことがあります。

 ところで,東京地裁で行われた第1回の裁判員裁判では,検察官は懲役16年の求刑をし,判決では懲役15年が宣告されました。おそらく大方の実務家や法学者は「重い」と思ったでしょう。法廷を傍聴していない私にはその是非は論じられませんが,感覚的には重いと思いました。ただ,被告人には余りよい情状はなかったかもしれないけれども,昔から「泥棒にも3分の理」といいます。どんな被告人にも何か有利に酌むべき点はあるものです。従来求刑から2,3割は減らす刑が多いと言われるのはそういうことだと思います。私は,裁判員は検察官の求刑をどう考えたのかな,裁判長はどう説明したのかな,ということが気にかかりました。しかし,もし,裁判員において上記のような求刑の役割について理解がなかったとすれば,さらに本件では被害者代理人の女性弁護士が懲役20年の意見を述べているのですから,これを平気で16年以上の意見が出されたのではないかと想像するのです(あてになりませんが。)。検事OBのコメンテーターとしても有名な方が,裁判員裁判では,情状が悪いときは従来よりも重く,情状が良いときはより従来よりも軽くなる可能性がある,量刑のばらつきが大きくなるだろうとしながらも肯定的な感想を述べていました。この問題は,被害者参加の新制度と共に刑を重くする要素となる大きな問題点ではないかと考えるのですが,みなさんはいかがでしょうか。
(平成21年8月)