● あえて言う ガンバレA地裁刑事部裁判官 
中村元弥(弁護士,サポーター)
以下は,6月15日のブログに投稿した記事について,その後の反響をふまえて注を加筆したものである。

物議を呼ぶこと必定の書き込みであるので,冒頭に投稿者の立場を明かしておく。私は現職裁判官ではなく,北海道の弁護士で,ネットワークでは元裁判官のサポーターという立場で投稿している。したがって,地元以外の現職裁判官を擁護することに殆ど職業上のメリットがないこと,何より以下に取り上げる裁判官とは一面識もないことを断っておく(注1)。
A地裁の刑事部裁判官は,一躍時の人となってしまった。1年2ヶ月の実刑判決を一旦言い渡した後(法律的には言渡し自体は終わっていないところがミソ),検察官から求刑2年6ヶ月に対して低すぎるとイチャモンがついて,結局暫時休廷後に,求刑を1年6ヶ月と誤解していたと謝罪して,同じ被告人に2年の実刑判決を言い渡したというアノ人である。
私も最初に6月9日の東京新聞朝刊の記事を羽田空港から日弁連に向かうモノレールの中で見たときには,同じ会の若手弁護士(注2)と共に「バカだなあ」と言ってしまったものである。かように弁護士の反応は厳しい。何よりも「裁判官の実刑時の量刑は求刑の8掛けが相場です」という市民感覚では理解しがたい,しかし我々にとっては「常識」の事実を,晴れて満天下に公にし,なおかつ是認した点が憤怒をかっている。自分が自信を持って1年2ヶ月が妥当と判断したのであれば,自らの良心に基づく独立した判断を維持すべきであり,新たな証拠調べもしないで一旦事実上宣告した主文を変更するというのは,裁判官の風上にも置けないという批判は誠にごもっともである。
しかし,今少し冷静になって考えてみると,私のような弱い人間は,この裁判官が憎めないのだ。私であればどうしたかと考える。この事件では裁判所書記官の作成した調書には検察官の求刑は1年6ヶ月と書かれていたそうだが,だからといって私には,刑事訴訟法52条の排他的証明力で突破する度胸はない(注3)。このままでは検察官の求刑の半分以下の量刑をしたことになり,検察官から量刑不当で控訴され,被告人に控訴審審理の負担をかけた上に,より重い判決が言い渡されてしまう。そんなご迷惑を被告人にかけるくらいなら,率直に誤りを認めよう。おそらくこの裁判官の心の中はこのようなものであったろう。
私が胸を突かれるのは,この裁判官が被告人に対して「謝罪」したということだ。彼がNHKの「ジャッジ」を見ていたかどうかは知らないが,法廷で真摯に頭を下げる裁判官には滅多にお目にかかれない(注4)。また,彼は最終の言渡しで,執行猶予をつけたもう一人の被告人については,求刑から6ヶ月を削って2年という主文を言い渡している。そこに彼のせめてもの「意地」と「気骨」を見る。執行猶予判決を言い渡すときに検察官の求刑を削っている裁判官がどれくらいいるのだろうか。もしこの裁判官に石を投げる刑事裁判官がいれば,己の過去を振り返ってみていただきたい(かくいう私も,求刑を削って執行猶予を付した裁判官に対して検察官が取る執拗かつ嫌味な態度を知らないわけではないのだが)(注5)。
この裁判官が「悪い裁判官」,「要領のいい裁判官」,「傲慢な裁判官」であれば,このような騒ぎにはならないお利口な解決を選んだだろう。でも彼はそれを選択しなかったのだ。さすがに前任地の口うるさい札幌弁護士会のアンケートでも比較的高評価だった裁判官だけのことはある。
この裁判官には間違ってもこれを機に裁判官を辞めたりしないで欲しい。そして,この裁判官らしい,貴方にしかできない裁判をして欲しい。被告人に「謝罪」した貴方にならそれができると信じている。
しかし私とて,手放しでこの裁判官に拍手を送るわけではない。彼が自分のプライドを捨ててまで「謝罪」したとしても,それは所詮業界内の「内向きの論理」を前提としたものでしかないからだ。さっき自分に堂々と1年2ヶ月を宣告した同じ裁判官が,急に検察官からあれこれ言われたからといって,数十分後に刑期を10ヶ月も上げたら被告人はどう思うだろうか。刑事裁判慣れした一部の被告人にはともかく,一般市民にはとても理解できないだろう(注6)。

裁判員制度は,日本の刑事裁判の良きも悪きも全てを明るみに出すだろう。その中で我々法律家が肝に銘じなければならないことは,第一に裁判官も検察官も弁護士も,これまで以上に真摯に市民に向き合わなければならないということだ。そして,これまで法律家の間で当然とされてきた慣行・常識を一から市民に理解してもらわなければならないし,仮に理解されないものは疑い,時には捨て去る勇気を持たなければならないということである。秋田の一件が投じた一石は,「バカな裁判官がいた」で終わらせていい話ではないと思う。

(注1)よく考えれば,一面識もない弁護士から,忘れてしまいたいことに勝手な憶測を交えてエールを送られる方もいい迷惑である。A地裁の刑事部裁判官ごめんなさい。
(注2)この若手弁護士からは「今後経験を積み重ねて、もしこのような状況に立ち至ったときに、弁護人として適切な対応がすぐその場でとれるようにならなければ、と自戒するばかりです。」というコメントをいただいた。当会の刑事弁護をになう人材として大きく羽ばたいていただきたいと切に願う次第である。別の弁護士からは「弁護人としては、その場で、『言い直しは無効だ』?とか『訴訟手続の法令違反』?とかを指摘して、受け容れられなくても、公判調書に記載させる。それくらいしておかないと、被告人にあとで拘置所に呼び出され、経緯を質問され難詰されること間違いありません。特に、量刑相場に詳しい暴力団関係者が被告人の場合は、要注意です。」と貴重なコメントをいただいた。
(注3)この点については,私がよく調べずに直感的に書いてしまったのだが,某現職裁判官から「公判調書の記載の正確性に対する異議の申立があれば,公判調書の排他的証明力(法52条)は無くなる。この調書の正確性に対する異議の申立ができるのは『当該審級における最終の公判期日後14日以内』(法51条2項)とされるので,『最終の公判期日』とは判決宣告期日とされている。判決宣告期日も法237条の公判期日であるし,公判調書は遅くとも判決を宣告するまでに整理しなければならないとされるからである(法48条3項,もし『最終の弁論が行われた日』から14日と解すると,異議申立期間を過ぎてしまい,かつ異議申立が事実上判決期日にできない場合が出てきて不都合である。)。したがって,原則は,判決宣告期日から14日以内ということになる。そうだとすると,問題の事件の場合は,判決宣告時にはまだ異議申立期間が過ぎていないことになる。もし裁判官が,判決の言い直しをしなかった場合は,検察官としては,判決宣告後14日以内に公判調書の記載の正確性に対する異議の申立をして,求刑の記載に対する排他的証明力を消した上で,控訴することになるだろうと思われる。」とご指摘をいただいた。この場を借りて感謝申し上げる。「突破する度胸」など持ったらそれこそ大変だったのである。
(注4)某現職裁判官から「私は前の事件が遅れて開廷が遅れたときも必ず被告人や検察官や弁護人に対して謝罪の言葉も述べます。」という反応をいただいたが,私がここで言う「謝罪」は,そういう社会的マナーの範疇のことを指しているのではないことを,ご理解いただきたい。
(注5)「私は執行猶予判決時に求刑を削ることはよくあるし,それに対して検察官から特別文句を言われたことはない。」という声を複数の現職裁判官から賜った。このような刑事裁判官が大半であれば刑事弁護人として慶賀に堪えないが,残念ながら多くの弁護士にはそうは認識されていない。
(注6)某現職裁判官から「言い渡した判決を変更して,被告人に重い判決をすれば,検察官は満足するだろうが,かならずや被告人が不満を持って控訴すると考えるのが普通であろう。言い直しをしてもしなくても高い確率で控訴が予想される。そうだとすると,『被告人のことを考えて判決を言い直したのはえらい』と評価するのが正しいのか疑問である。動揺しているときの判断は間違いやすい。往々にして恥の上塗りをしてしまう。裁判官は小手先の弥縫策をとらないで,いったん口に出した判決は軽々に訂正しません,不満があれば検察官控訴してくださいと言い,その上で双方に『余計な手間をかけることになるがごめんなさい』と謝ればよいと思う。問題なく訂正してよいのは,原稿の単純な読み間違いか,未決勾留日数の超過など関係者がだれも文句を言わない範囲の事項であろう。要は,裁判官は,判決するということの重みを改めて自覚し,間違いをしないように務めるしかないということだと思う。」と反論をいただいた。誠に正論であり,我が問題提起がいささかエキセントリックに過ぎたかと反省させられた。
(平成21年8月)