● 証拠の「発見」 刑事法廷の木漏れ日(3)
伊東武是(神戸地裁姫路支部) 
 裁判には,時に謎解きのような場面がある。謎解きの「楽しみ」があると言いたいところだが,当事者に叱られそうである。

 昔,民事事件を担当していたときのこと。Aという人にかつて現金を支払ったことがあるかどうかが一つの争点となっていた。支払ったと主張する側は約10年前の領収書を証拠として提出した。そこには確かにA名義で「領収しました」とあり,収入印紙も貼ってあった。相手側は,その領収書は偽造であると強く主張していたが,決め手がない。他の証拠をみると,そのような金の支払いがあったということは筋が通らないのだが・・・。そこで思いついて,書記官に頼み,近所の郵便局に行き,その領収書に貼ってある収入印紙がおかしくないかを調べてきて貰った。そうすると,何と,そのような模様の印紙が発行されたのは5,6年前のことで,10年前にはまだ発行されていなかったというのだ!領収書を偽造していたのである。事件は一気に解明され,偽造した側はもちろん敗訴した。

 刑事事件でも,重要な証拠を「発見」したときは気持ちがいい(この表現は許されるだろうか)。ある事件のこと。被告人は,何件も侵入盗を重ね,いくつかの窃盗ないし窃盗未遂事件で起訴されていた。被告人は,他の窃盗はすべて自分がやったと認めていたが,1件の窃盗未遂(B事件)だけ,これは自分ではない,取調べの時から分かっていたが,警察官がしつこく「お前だろう」というので,面倒くさくなって認めた,と弁解していた。そのB事件は,被告人が捕まって「白状」した事件のうち,半年以上も前の古い事件である。深夜に民家に侵入して,5分か10分暗闇の中で現金のありかを探していたが,2階で物音がしたので,捕まっては大変と直ぐに逃げ出したというものである。証拠調べをすると,被告人の言い分にも理があるように思われる。只,検察官の提出した証拠は,自白調書はもちろん,一通りの有罪証拠が揃っている。

 その自白調書を読んでいるうちに気になる部分が出てきた。被告人は,その家の1階の間取り図を描いて,その家の様子はこのようでした,と調書で説明していた。これは,警察捜査によくある証拠で,被疑者の作った図面が実際と似ていれば,犯人に「間違いない」ということになる。侵入した犯人だからこそ,他人の家の中の様子が分かるからである。

 被告人の描いた図面も実際と合致していた。しかし,合致し過ぎていたのだ。ダイニングルームのテーブルや椅子の位置はもちろん,風呂場,トイレ,台所の位置や広さ,その入口が引き戸か開き戸か,窓がどの位置にあるかまで,詳細に描き込まれている。警察官が被害直後に実況見分して作った被害現場の間取り図とそっくりなのである。半年も前,それもわずかの時間,暗闇の中で「仕事」をした被告人がそこまで,家の中の様子を覚えているはずがない。そのことを法廷で尋ねると,案の定,被告人は,警察官に捜査の図面を見せて貰って描いたという。

 その取調べ警察官の証人調べもした。教えて描かせたことはないというが,信用することはできなかった。B事件には,ほかにも,被告人が犯人かどうか怪しい証拠も出てきたが,この証拠も一つの疑問となって,結局,無罪となった。検察官の控訴はなかった。

 逆に無罪を争う被告人に対して,検察官自身が必ずしも気付いていないが,被告人に決定的に不利となるような証拠を見つけることもたまにある。有罪無罪を決める証拠を発見するのは,裁判官の仕事の醍醐味の一つなのである。

 只,このような証拠吟味の方法は,証拠書類(供述調書など)が証拠の中心であり記録の山をかき分けて心証をとろうとした時代のものである。分かりやすい裁判を実現しようとする裁判員裁判の下では,法廷で聞いて見て判断できる証人尋問などの証拠が中心となる。記録をながめすがめつつ重箱の隅をほじくるように吟味する職人技は無用の長物となるのであろう。

(平成17年10月)