詐欺事件にも色々ある。金のないホームレスが,腹を空かせて,場末の食堂で定食とビール1本のささやかな夕食を頼み,食べ終わった後「お金がありません」と店主に白状し,無銭飲食で検挙される事件。そうかといえば,宗教団体の幹部ないし世話役を装っての巧妙で被害額の大きい詐欺。信仰の厚い老人信者から,様々な事柄にかこつけて「お祓いの必要がある,寄進をしなければ」と何年間にもわたってだまし続け,総額1億円もの財産を根こそぎ奪い取ったという事件があった。被告人は,その金を湯水のように使い,贅沢三昧の生活をしたのである。
無銭飲食はともかく,連続的に詐欺を犯す被告人の心理状態には,理解できない部分がある。どうして,ここまで,人を痛めつけないと気がすまないのかと。「詐欺犯の中には心の崩れたもの」がいる,とは先輩裁判官から聞いた言葉であるが・・・。
松田聖子の派手な結婚式が週刊誌を賑わしていたころである。ある裁判所で,女性被告人の詐欺事件を担当した。
いわゆる結婚詐欺といわれるものだ。結婚詐欺は,相手に結婚約束をしてだますわけだが,相手の「心」をだますこと自体が犯罪になるのではない。詐欺罪が成立するためには,相手からお金や品物などの「財物」をだまし取るか「経済的な利益」をだまし取らなければならない。その女性被告人は30歳代で,遠く離れた土地の実家に子供を預け,「出稼ぎ」のような形で当地に来ていた。同種の詐欺の前科がある。今回も,最初から結婚の意思はないのに,相手に近づき,結婚を約束し,数十万円の結婚指輪をだまし取っていた。
そこで,どろんしていれば,それだけの単純な事件なのだが,彼女は,結婚式の前夜まで当地に滞在し,相手と偽の「婚約期間」を過ごしていた。彼女が男性を特別に好きになったというわけでない。彼女には,最初から「仕事」の意識しかない。相手は,土地のそれなりの家の一人息子である。結婚式は相当に豪華となる予定であった。彼女のために高額なウエディングドレスも仕立てられた。前夜には各地から親戚一同がどんどん集まってきた。200人位の出席者が見込まれ,披露宴費用だけで500万円前後の予算である。
そうした準備万端が整った前夜に,彼女は遁走した。花嫁のいない結婚式は流れた。男性は,式や披露宴をパーにした損害を賠償しなければならない,何よりも,心の痛手が大きかった。
女性が捕まり,裁判になった(結婚指輪をだまし取ったという詐欺で)。ごく普通の女性に見える。自分の罪を恥じるかのようにシャイな表情さえ浮かぶ。
しかし,どうせ結婚する意思がないのなら,自分には一文の得にならないのに,何も前夜までだまし続けて,こんな無駄な費用を相手に出させる必要がないではないか,しかも,こんな贅沢な形で。私には,どうしても理解できない。法廷で,彼女に尋ねる際,その豪華結婚式の無駄使いのことが,思わず口に出た。「松田聖子じゃあるまいし!」。まじめに言ったつもりが,法廷は笑い声となった。被告人まで苦笑い。
幸せ薄い青春の時代を,ひとときの夢で取り戻そうとしたのか。
|