● ホストファミリー体験記(その1)

工 藤 涼 二(千葉地裁) 

 これまでにわが家に滞在した外国人は,期間の長短はあるものの,合計すると20人くらいにはなると思われる。これはごく普通の一般家庭としては結構多い部類になるのではなかろうか。そこで何回かに分けて,その一部をお話ししてみたい。

 わが家で留学生を受け入れようと思い立ったのは,現在32才の長女が高校1年の時の夏休みにカナダへショートホームステイに行ったときに,現地のホストファミリーに非常に良くしていただいたことがきっかけである。違った形で恩返しをしたいと考えていたところ,自宅のある神戸の日豪協会高校生のステイ先を探していると知り,思い切って申し込んでみると,二つ返事で後述のタマラのステイが決まってしまった。

 ただ,厳密にいうとタマラが最初にわが家に宿泊した外国人というわけではない。その4〜5年前にクリスタルというアメリカ人の少女が3日ほど来たことがあるが,これは全く個人的に預かることになったのである。この子は,私たち夫婦が初めてアメリカに行ったときのツアーガイドがホームステイしていたロサンゼルスのホスト・ファミリーの長女であった。その後15才の兄と2人で日本に来たときにわが家に来たというわけである。当時11才だったが,自己主張がハッキリしていて日本人とは違うなあと感じさせられた。日本語は全く話せないのに,うちの子どもたちの真似をしていくつかの片言を覚えたり,特に長女と1つ違いと年が近かったせいかすぐに仲が良くなり,言葉が通じないはずなのに2人で内緒話をして笑っているのには驚いた。

 さて,タマラであるが,この子は4ヶ月間滞在した。前述のとおり,神戸日豪協会を通しての最初の高校生だったので印象も深いものがある。母親がロシア人ということで色白のうえ柔らかな明るい亜麻色の髪を持った女の子だったが,私よりも体も大きく,やはり自己主張がハッキリしており,自分で「私はディスオビーディエントだが,決してセルフィッシュではない」と説明していた。あまりいうことは聞かないが,わがままではないといことらしかった。当初,近くの高校に通っていたが,無意味な校則や体罰を目撃して次第に登校意欲をなくしたので,知人の援助を得て,途中から関西学院大学に行かせることになった。タマラにまつわる思い出は沢山あるが,最初に登校した日になかなか帰ってこないので心配していると,疲れ切った顔で戻って来るなり「オトウサン,今日,ワタシハ,ミチヲナクシタ」という。何のことか一瞬分からなかったが,『 lost my way 』の直訳だと気がついて,「タマラ,それは『道に迷った』というのが正しいんだよ」と教えると,「フーン,ソノ現在形ハ『道ニマヨル』デスカ?」と尋ねられて思わず笑ってしまったことがあった。

 タマラが来てしばらくしてから,父親のディヴィットが中国出張の帰りに娘の様子を見に2〜3日わが家に立ち寄ったことがあったが,親離れの最中だったのかタマラが非常に不機嫌であまり話もしないのを見て,どこの国の子も同じだなあ,とおかしかった。また,妻がタマラを連れてスーパーに買い物に行ったとき,大分日本語が上達したタマラが妻に「お母さん,お母さん」と呼びかけているのを聞いて驚いたのか,駐車場の警備員が「あなたのお子さんですか?」と話しかけてきたことがあったらしい。妻がいたずら心を起こして「ええそうですよ。白人の夫との間の子でしてね」と何食わぬ顔をして答えると,しげしげと見比べたあげく,「そういえばどことなくお母さんに似ていらっしゃる」といわれたとのことで,しばらくはわが家はこの話で随分盛り上がった。

 タマラは,1年間の留学生活を終えて帰国する際に,日豪の高校教育の違いについて,「日本の教育は,何万人もの生徒を同じように育てようとしているが,オーストラリアでは何万人のうちのただひとりの生徒として扱われる」との趣旨の感想文を残していったが,後日,それが日本経済新聞の「春秋」欄に転載されたので,あるいはご記憶の方もおられるかと思う。阪神淡路大震災のときも心配して国際電話をかけてきてくれたり,就職後も時折遊びに来てくれている。

 また,若いときは「恋はしたいけど結婚や子どもは障害でしかないからしないし持たない」と豪語していたのが,途中から「やっぱり子どもが欲しいから結婚したい」としきりにいうようになった。ある年のこと,うちに泊まった翌日に,仕事で来日する彼氏と関空でデートするとのことで,朝から「どうしよう,今日は特別な日になるかも知れない」と大騒ぎして出かけていったことがあったが,2年ほど前に突然電話があり,その時の彼と結婚することになったので私たち夫婦にも是非式に出て欲しいといってきた。任官前であれば喜んで出かけるところだったが,あいにく裁判が詰まっていて出席できなかったのが残念である。メールで式の写真を送ってきてくれたが,幸せそうなタマラやディヴィットの顔を見て一安心した次第である。
=第1話完=
(平成18年2月)