● 弁護士任官どどいつ(45)

竹内浩史(横浜地方裁判所)
    「記者に対して しゃべらぬわけは 言わずもがなの オレ流さ」

 愛知県(ただし尾張ではなく三河)の出身である私は、1974年に巨人の十連覇を阻止した瞬間から、熱狂的な中日ファンになった。同時に、ロッテの選手時代からの落合ファンでもある。
 そんな私だから、1986年末、落合がロッテからトレードで中日に来るという大ニュースに接して、名古屋で弁護士をやろうと決心した。司法研修所卒業を翌年春に控え、直前まで本当に弁護士でいいのか、また東京、大阪、名古屋のいずこで弁護士登録すべきか迷いに迷っていたが、おかげで吹っ切れたのである。
 その中日の落合監督が、今年は再任されなかった。8年間にセ・リーグ優勝4回、2位からの逆転日本一が1回、そして最低でも3位という実に素晴らしい成績を残してくれた。今年は首位ヤクルトに十ゲームもの差から逆転優勝し、日本シリーズでも下馬評を覆してソフトバンクをあと一歩まで追い詰めた。球史に残る名将となったのは疑いない。
 にもかかわらず再任されなかったのは、いみじくも落合監督自身が退任記者会見で言い当てていたように「面白くないから」だろう。確かに試合後のコメントはあまりにも無愛想で、記者泣かせの監督だった。

    「しゃべらないのは 理由があると 弁明しましょう 監督も」

 落合監督の真意は、勝つためには余計なことはしゃべらない方が良いということだったようだ。選手たちは監督の一言に過剰に反応する嫌いがあると、身に染みて知っていたから。今となってみれば、落合監督の考えは十分理解できる。監督就任前とはまるで性格が変わったかのように見えたのも、ちゃんと理由があったのだ。退任記者会見では本来の落合節が久しぶりに聞けて、落合ファンとしては嬉しかった。
 けれども、中日ドラゴンズの親会社はあいにく、中日スポーツも発刊している新聞社である。球場に駆け付けるほどの熱烈な中日ファンには信頼があっても、オーナー周辺や世間一般に不評だったのは仕方がない。残念なのは「監督になったら余計なことはしゃべらない。それは勝つためなのだから、理解してほしい。」と就任の時に説明しておいても良かったのではないか、ということだ。

    「世間知らずと 思わせといて 嘘をつかせて 叩き斬る!」

 この問題は、日本の裁判官にも相通じるところがあるように思う。
 日本裁判官ネットワーク「裁判官だってしゃべりたい!」という本があった。しかし、大多数の裁判官がそうしないのにも、それなりの理由がありそうだ。
 全くの私見だが、裁判官は、当事者あるいは世間にどんな人か判らないようにしておいた方が、正しい判決をするのに有利な場合がある。一見どちらが真っ当なのか判らない難事件では、邪悪な一方当事者が裁判官を甘く見て、嘘をつくなど尻尾を出し自滅する羽目に陥りやすいからだ。また裁判外でも、私のようにブログ等で色々と発言しなければ、不用意な言葉尻を捉えられて予想外の非難をされる危険は全く無い。
 しかし、こんな「理由」をわざわざ弁明しないのは、落合監督と同様に「言わずもがな」と思っているからではないだろうか。

    「49から あと8年は やってみまいか このオレも」

 落合監督の退任記者会見を見ていて、テロップに「57歳」と出たので初めて気がついた。8年前の就任時は何と、今の私と同じ49歳だったのである。
 私も再任期まであと1年余となって、あの頃と同様に進路に迷いを生じている。
 もしかしたら、あの時と同様に、私の人生の決断に大きな影響を及ぼすことになるかも知れない「落合劇場」だった(ちなみに「まい」は共通語と三河方言とでは全く逆の意味になる。)。

(2011年11月)