● 弁護士任官どどいつ(37)

竹内浩史(横浜地方裁判所)
 今年もプロ野球セ・パ交流戦が始まった。まずは、毎年恒例の記念どどいつを。

    そろそろ出番が 回って来るか? 民事・刑事の 交流戦!

 5月29日(土)午後、東大五月祭で、川人ゼミ有志学生に私たち日本裁判官ネットワークのメンバーが協力して、裁判員経験者3人のお話を伺った上で、パネルディスカッションをするという企画を開催した。一般参加者は多くなかったが、NHKのカメラも入り、東京新聞と毎日新聞の記事にもなった。ただ、残念なのは、裁判員裁判を現に担当しているメンバー裁判官がおらず、裁判官側の感想の談話は私たちの聞き取りによる伝聞証拠でしか紹介できなかったことである。裁判官は従来、民事か刑事の担当に固定される傾向があり、私も弁護士任官以来足掛け8年、臨時の令状当番等を除き一貫して民事・家事の担当である。しかし、市民との対話には一日の長がある民事裁判官、とりわけ弁護士任官者も、徐々に刑事担当にコンバートされていくべきだろう。

    さすが手の物 説教・説諭 人の心を 打つ牧師
    「父の愛への 思いは同じ」プロテスタントは 立ち上がる

 3人の中で最初に講演されたのは、青森地裁で裁判員を経験された澁谷友光さん。テレビニュース等でも知られたあの語り口で、切々と思いを述べられた。御自身と被告人の生い立ちには、相通じるものがあったそうだ。裁判後、父の愛に飢えた子どもたちを救うため「ファザーズネット」という会を立ち上げたという。そもそも裁判員制度への参加自体に消極的なカトリックその他の宗教・宗派とは対象的な行動派。頭が下がる。

    「守秘義務ばかりじゃ 防犯できぬ」浪花の名物 自治会長
    裁判員から 真っ正面の 記者の居眠り 咎められ

 次のお話は、大阪地裁で裁判員を務められた小島秀夫さん。いただいた名刺の肩書は、団地自治会長だった。そして、地域での同種の再犯防止、つまり今後の防犯活動のためにも、守秘義務は解除すべきだという持論を展開された。こういった観点からの守秘義務批判は、他に前例を聞かない全く新しい指摘だったように思う。これまでも、裁判官に在野の賢人の知恵を貸していただく制度は、調停委員・参与員・専門委員といった形で工夫されてきた。裁判員は、その究極の形なのかも知れない。ちなみに、小島さんは東京の出身で、実に数十年ぶりに本郷キャンパスにいらっしゃったそうだ。また、判決後の記者会見で傍聴席の記者の居眠りを一喝して、一目置かれるようになったというエピソードも紹介された。痛快なお人柄とお話だった。

    御礼メールを どう防げるか 仕事人兼裁判員
    「緊張したけど 充実してた」 記事では「緊張した」だけに

 最後に登壇されたのは、東京地裁で裁判員を務めた「四十代女性」。本人のご希望に基づいて、会場では匿名と顔写真撮影禁止を徹底させていただいた。そのためか、地元の東京新聞の記事では匿名ながら発言内容が紹介されたものの、毎日新聞ではカットされていた。万一何かあった時に誰が守ってくれるのかという自己防衛だと言われ、正直なところ、いささか過剰防衛ではないかとも感じたが、ご希望の理由を伺って得心した。確かに、世人の目に触れる可能性のある職業人からすると、何らかの卑劣な方法で本業を妨害されるかも知れないとの心配を抱くことも十分理由がある。私が個人ブログをコメント書き込み禁止の設定にしているのも、実は同様の理由からである。なお、この方も記者取材には苦言を呈された。判決後の記者会見で「緊張したけど充実していた」と感想を述べたのに、記事では「緊張した」だけになっていたのだそうだ。字数の関係で半分に要約しなければならないのならば、後段の「充実していた」の方を採用しなければ、現代国語の試験では落第だろう。

    豊かな経験 交流したい 裁判員だって しゃべりたい

 人数としては少なめながら、参加者には概して大好評の企画だった。学園祭では様々な縛りがあって、日本裁判官ネットワークの活動をアピールするのは困難だということも思い知らされたが、東大五月祭に乗り込むという形を取らなければ、これほどの報道陣は集められなかっただろうし、小島さんを初めとする、皆さんの協力は得にくかったかも知れない。会場から集めた感想文の中には「裁判員ネットワーク」を立ち上げたらどうかとの意見もあった。守秘義務に縛られた裁判員の皆さんの思いは、かつて「裁判官だってしゃべりたい」を発刊した日本裁判官ネットワークと相通じるものがあるのかも知れないと感じ入った。

(2010年7月)