加賀乙彦の「宣告」を読まれた方は多いと思う。拘置所の精神科医でもあった作者が自らの体験を基に死刑囚の群像を赤裸々に描いた作品である。人間の罪と罰を深く問い,人の生きる悲しみをこれほど衝撃的に描き切った小説が他にあったであろうか。刑事裁判に携わる私の職業人生にとって,感動は心に深く刻み込まれ忘れ難い。
以来,この作者の作品に関心を抱いてきた。近作「雲の都」第2部を読了した。作者の自伝要素が色濃い小説といわれる「永遠の都」(全7巻・新潮文庫)の続編である。「永遠の都」では,昭和初期から戦争を経る時代,作者自身と思われる「小暮悠太」の一家一族の波乱に満ち,また絢爛たる人間模様が描かれる。医者,政治家,実業家,画家,音楽家,弁護士,宣教師等の多士済々な人物たちの個性溢れる生き様,暗い時代の流れに抵抗する大学生,クリスチャン,セツルメント活動家たち。多くの者が戦争による悲しい運命に出会う。
「雲の都」では,戦争が終わり,成長した「小暮悠太」が医学部の大学生になり,亀有のセツルメント活動の創生期に参加し,底辺に生きる人たちと交流し,メーデー事件で傷つきながらも,勉学に励み,恋愛し,青春を謳歌する。犯罪精神医学を専攻した「悠太」は,拘置所医官となって「宣告」の登場人物達に出会うことになる。個性的で逞しく生きる人間模様と「悠太」の成長を描いたこの骨太な一連の作品は,まさに大河小説と呼ぶに相応しく,わが文学史上でも最高傑作の一つであろう。登場する人物たちと織りなす,さまざまな逆境に生きる弱者への作者の眼は限りなくやさしく,私たちに感動と励ましを与えてくれる。
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