● 「半落ち」  本の中から(4)
棚田の案山子 
 横山秀夫の「半落ち」(講談社)は映画にもなってヒットした評判のミステリーである。期待に違わず一気に読ませてくれた。「半落ち」とは,犯人が全面自供に至らず中途半端なまま,まだ何かを隠している供述状態をいう。警察用語であろう。その半落ち被疑者(被告人)を巡る警察官,検察官,新聞記者,弁護士,裁判官,そして刑務官らのそれぞれの熱い取り組みと立ち塞がる組織の壁。官僚機構の内幕と人間模様が相当リアルに迫ってくる。著者は刑事手続をかなり正確に理解しており,絵空事に響かない(ただし,映画は小説の雰囲気をかなり変えている)。

 ただ,裁判官世界について二つの誤解が気になった。一つは,事件を担当する裁判官達(3人の合議体)が初公判の後に,裁判官室で検察官と弁護人を交え,今後の訴訟進行の打ち合わせをしている場面。熱血漢の右陪席裁判官が,その事件についての新聞記事(スクープ記事,その事柄は一切証拠に出ていない)をとり挙げて「新聞にはこう書いてある。私は様々な観点からそれが正しいと思う」と検察官や弁護人を問いつめる。びっくりである。裁判官は,証拠になっていない情報を下に心証を形成することは厳に戒められている。こんな場面はありえない。二つ目は,その熱血裁判官から噛みつかれた官僚臭い裁判長が言葉を荒げる。「それ以上言ったら,あなたをこの事件から外しますよ」。しかし,裁判長といえども,そんな権限はない。気に入らない裁判官を担当事件からはずす権限は誰にも与えられていない。それが裁判官独立の基本なのである。

(平成17年3月)