● 鬼平は元「暴走族」だった  本の中から(3)
棚田の案山子 
 鬼平こと長谷川平蔵は江戸幕府の火付盗賊改方の御頭である。火付盗賊改方は,町奉行所と違い「裁き」の手続きを踏まずに,盗賊などをその場で斬り殺すことも許されていた。一種の特別警察であり,幕府公認のダーティハリーである。悪を小気味よく成敗するストーリーは読んでスカッとする。しかし,現実にこんな警察はあってほしくない。何せ,弁解も何も聞いて貰えず,裁判も受けずに,逮捕の場でバッサリなのだ。冤罪だって,きっと沢山あったに違いない。

 しかし,悪の徒党を一気に征伐して大手柄を立てる鬼平は,江戸市民からやんやの喝采である。町奉行所など正規の「お役所」は当然面白くない。やっかみ混じりに,鬼平の若い頃の遊蕩三昧,やくざまがいの無頼ぶりを陰口する。それを伝え聞いた鬼平はうそぶく。「むかしのおれのことを言いたてるというのか。あは,はは・・・,ばかも休み休みにいえ。悪を知らぬものが悪を取り締まれるか。」

 優等生裁判官にはちと気になるセリフである。


(鬼平犯科帳(2)「蛇の眼」から)