● 台風襲来

白山次郎

 離島の裁判所にいると,台風に悩まされる。

 今月に入ってもうすでに3回も出張予定が取りやめになった。今年の台風はスピードが遅かったり,迷走気味であったり,進路予測が難しいが,出張の数日前になると天気図ばかり見ている。台風が接近し,波が高くなると通過後もしばらくは波の高い状態が続くので,船は当分の間,欠航する。そうなると,もう島外脱出は不可能であり,まさに絶海孤島だ。新聞が1週間も届かなかったり,島では数少ないスーパーの商品棚から牛乳や生鮮食品が姿を消す。

 台風で停電することもある。都会暮らしの私にとっては衝撃的な出来事である。台風で停電するなんて,小学生の頃に経験したきりだ。

 夕食をとり,パソコンに向かっていると突然,真っ暗になった。懐中電灯を頼りに家族全員,こわごわとリビングに集まり,いつになったら復旧するのかと途方に暮れる。風呂に入ることもできないし,もちろん,インターネットも使えない。おまけに携帯電話の電波も弱いので,完全な情報途絶である。妻と娘,3人でほかにやることもないので,懐中電灯の明かりを頼りに,車座になりトランプゲームをして時間をつぶすことにした。まるで,修学旅行である。懐中電灯の明かりを頼りにトランプをすると,なぜか異様にテンションが高まり,反抗期を迎えた娘ともうまく会話ができ,楽しかった。

 それにしても,いつまで経っても復旧しないし,官舎は町から外れた小高い丘にあり,周りには住宅がないので,不安になって外に出てみる。

 街灯は消えていて,真っ暗だ。まさに漆黒の闇である。台風特有の強風が吹き,道路は飛ばされた葉っぱや小枝で辺りは足の踏み場もない。ふと,空を見上げると,雲がものすごい速さで流れていき,満天の星空が見える。真っ暗なので,星がよく見える。それはもう,恐ろしいくらいの量で,しばらく唖然と眺めてしまった。大急ぎで家族を知らせる。頭上には,生乳を流したような白っぽい天の川がはっきりと見え,夏の大三角形(デネブ,ベガ,アルタイル)を見つけ,まるでプラネタリウムのような有様であった。家族全員,真っ暗闇の道路に出て,しばらくの間,首が痛くなるほど,空を見上げていた。


(23.10.1)