● 自子主義について
伊東武是(神戸家庭裁判所) 
 わが地域のミニコミ紙「リビング神戸西」の紙面に踊る文字に引きつけられた。
「仕事があるから運動会の日を変えて!」
「集合写真はわが子を真ん中に!」
 学校に理不尽な要求を突きつける「モンスターペアレント」と呼ばれる保護者についての特集である。

 少年審判を担当していると,子どもの非行(たとえばバイク盗や学校での粗暴行動)について,親の中に,もっぱら友だちのせいにしたり,学校の対応の悪さを非難するばかりで,わが子の問題性を軽視し,中には全く考えようとしない人が目につく。教師達を困惑させ,家庭裁判所調査官も戸惑う。もちろん,学校や家裁も職責を果たさなければならないが,子どもにとって,家庭が何よりも一番重要な養育環境であるのに。

 佐々木光郎教授(静岡英和学院大学,元家庭裁判所調査官)が「『自子主義』のゆくえ」と題する小論稿を書いておられる(月刊「少年育成」2007年5月号8頁)。 
 自子主義というのは,自分の子どもさえよければよいという親の考え方や態度をいう。この自子主義が保育や教育の現場に広がっている。
 教授は,非行臨床の経験から,一例を挙げる。
 高校1年生のA子さんが,スーパー店から洋服を万引きしたことで補導された。学校は怠けないで通っている。学業成績も良い。調査面接のとき、母親が同行してきた。母は「困ったことだ」と言いながら、肝心なわが子の非行には触れないで、最近の学校数育における「道徳の授業に問題がある」と言う。私が、本件について話題を向けると、語調を強めて、「盗まれるように陳列していた店舗に責任がある」

 自子主義の背景には,かつて地域社会では,大人たちは,わが子であろうともよその子どもであろうとも,互いに目を配りあって育てて行こうという共通の願いがあったが,近年,個々の家族は孤立し,地域は「閉じこめられた家庭」の集まりとなってしまい,親同士のコミュニケーションも乏しくなって,少子化につれて,親の関心は自分の子どもに集中し,その中で生まれたのが「自子主義」だ,と教授は分析する。
 教授は,さらに,子どもの成長に「自子主義」がどのような影響を与えるかについて,三つの点を挙げている。要約すると,一つは,親がわが子の行為(特に反社会的行動)について,その自己責任をあいまいにしてしまうために,社会規範(ルール)を守ることの大切さが伝わらないこと。二つ目は,子どもの他者と交わる力(人間関係を結ぶ力)がうまく伸びないこと。他人の人格の尊厳への配慮もできないので,相手の心の痛みも分からない。三つ目は,子どもたちの目が社会へと向かなくなり,自らの属する集団(学校,地域等)への関心を失い,逆にごく限られた仲間に居場所を求めてあくせくする。

 モンスターペアレントを特集したわがミニコミ紙も,大学の先生等への取材を下に,「モンスターと言われない言わさないためのコミュニケーションの極意5ヵ条」をまとめている。


その1 「聴く力」を身につける。
 ただ,聞くだけではなく,ちゃんと相手の話に耳を傾けて,しっかりと話を「聴く」ことを心がけて。

その2 「文脈力」を養う。
 子どもは,都合の悪いことは言わず,感情にまかせて話すことも。「聴く」親が,質問しながら,出来事の文脈をしっかり聴き取る。

その3 自分の考えを押し付けすぎない。
 個人の主観で物事をきめてしまうことはありませんか。自分の考えを,すべて他人に押し付けるのはやめよう。

その4 「自子主義」になりすぎない。
 子どもは,家庭はもちろん,社会の中で育つもの。学校では先生が育ててくれているということも意識して。

その5 お母さんも「社会性」を持つ。
 子育てしていると,ストレスもたまるもの。お母さんも社会の一員として,社会性をもつことも大切。

(平成20年4月)